台風一過のエネルギー

台風11号が去り、早朝体操MSもさわやかだった。桐生タイムス紙も朝から取材に来て、陸上競技場で体操する私たちがその日のタイムス紙に載った。運動が終わって家に帰っても体調の爽やかさが持続していたので、先般から気になっている伸び放題のサツキ植込みや芝を、松ちゃんや君ちゃんがやることになっていたが、少しの気合を入れて自分でやってみた。要は短時間勝負だと決め、仕上がりの良し悪しは無視して目標を達成。160831▲こまめに休み、水分をとりながら成功。

定番

なかなか使い込んだものは手放しがたく、如何したものかと考えていた。10年来使っている小脇に抱えるハンドバッグは大きさ、色合い、使い勝手といいので、壊れたメインファスナーの交換が出来ないか洋服直し屋へ持ち込んでみた。バッグを一旦分解してから交換するので1か月、費用は1万円以上と言われた。諦めて10数年前に買った店に行ってみたらロングセラーの定番らしく新品が修理代の2倍で買えた。古いものを直して大事に使うも良いが、ほとんどの場合新品を買ってしまった方が結果良かった事になってしまう。160830▲これでまた10年使える?\(^o^)/

痩せてはいかん

今朝の体重52kg、これまでの最低体重で、名古屋大学病院の時でもここまでは下がらなかった。体重減少のサイクルが回ってしまったようで不安、汗をかいてビールを飲みながらモリモリ食べるイメージにつながらない。腹膜の腹水が溜まっているのか、腹膜播種といって胆管癌から浸潤して大きく成った現象、。正に私の今の自覚症状にピタリ当てはまっているのである。だから膨満感などで圧迫され腹部の痛みを感じたり食欲もなくなる。とはいえ食わねば体力負けしてしまうのは間違いない。この半月は軽く済ませていた夕食をカロリーの高い外食にして対抗エネルギーの補強をした。160829▲食べるが勝ち、となればいいが

語り合う嬉しさ

私が結婚した時は稲川さんはまだ高校生だった。そんな頃から親子揃ってのお客様だった。大学を出て職が決まらない頃は、私と一緒にラジコン飛行機に夢中になった。市役所へ入り、部長職まで上り詰め、今は定年後のセカンドライフをエンジョイしている。お父さんも世話好きな方で写真に興味があった頃はカメラを教えてくれた。お母さんは私の子たちも可愛がってくれ、晩年は定期的にサロンへ来て松ちゃんと一緒に昼食をするのが楽しみだった。共に今はいなく、稲川さんと共通する話題が互いの癌の話になった。ヘアーズには来店するが昔のようにじっくり話をするのは久しぶりだった。奥さんのななちゃんのお父さん、谷さんも懐かしい。ハンサムでカッコ良かったな160828▲俺達もそんな風に懐かしがって貰える時が来るだろうか

明治館で偲ぶ

19日の富沢氏の告別式に電子ピアノの演奏があった。喪主が用意したものでなく、式場が用意したものでもない。奏者は稲田志保子さんで、桐生市明治館喫茶室で10年以上前から毎月ライブをしていた。私も何度か行った事があるが、富沢氏はそこで稲田さんの電子ピアノを聞きながら飲むコーヒーが好きで長い間のファンのようだ。稲田さんは富沢氏の告別式に演奏する事を申し出て、富沢氏のお気に入りであるスメタナのモルダウを演奏してくれた。160827▲お礼に訪れた均さん夫婦や大沢さんなど、他にも富沢氏の知り合い10名ほどの今日のミニライブで富澤氏を偲んだ(明治館で)

奮い立たせる事も大事

体調のレベルを数値で表現すると70%か、この3週間ほどは明らかに体力が落ちている。私の病気の場合、残された方法は科学療法(抗癌剤)と免疫療法。実際にやっているのは、免疫療法の丸山ワクチンと免疫を高めるサプリなどの他に、気力から生み出す自前の免疫力。しかし毎日軽く気怠いが、気怠さに負けては本当の病人になってしまいそうで、奮い立たせて大間々トイレ掃除にも来た。160826▲来月9日に1000回記念があるので出席回数の少ない私は9日の布石のための参加

自然故障

久々のPCインターネットトラブル、23日の台風9号の影響で大雨と落雷があった。その夕刻から自宅のPCインターネットが接続できなくなった。NTTのモデムを点検しリセットし直してみたが改善されないのでNTTに連絡した。サービススタッフが来て点検するとモデムは正常、すると私が考えていた落雷ではないのか。原因は数年前に長男が自宅で無線LAN経由でノートPCを使うというので、私のPCの前に無線ランを挟み込んだ。その無線ルーターの故障で私のPCに信号が届かないと言う結果がわかった。出張料7,500円+税の仕事はここまで、その後は私が無線ルーターを取り除く作業をし、コードセットアップした。160825▲机の裏はジャングル配線、使用していない無線ルーターなどがなくなり少しすっきり

新メンバー募集

六時台の東武新桐生駅はまだ人影がまばら、前野さん率いる「桐生を日本で一番きれいな街にする会」は毎週水曜に新桐生駅とJR桐生駅トイレを交互に清掃する。私が5分前に着いた時には前野代表は既に周辺のゴミ拾いを始めていた。事務機屋の高柳さん、市議の飯島さん、鉄工所の根岸さん、大間々から助っ人の中澤さんが集い、汗をかきながら充実した心磨きをした。160824▲市議の飯島さんはマメにフェイスブックに投稿し参加を呼び掛けている。

聖生館長

15日に亡くなった富沢氏の葬儀には富弘美術館館長聖生氏は早くから美術館サイドとしての対応をしてくれた。4代目の館長は富弘さんとは幼馴染の間柄で以前から富沢氏は、うってつけの人材と注視していた。11年に就任して以来5年目になるが、マスメディア出身と言うこともあり、外交力も期待できそう。何より富弘さんとの親友であるから、忌憚のない相談もできるのが最大の強み。160823▲美術館に届けられた富沢氏宛の文書などを群馬県支部を通して託されていった。

槍ヶ岳計画を断念す

大型台風9号の関東接近に伴い、ほぼ終日荒れた天候で外には出にくかった。それでも丸山ワクチン接種日なので小雨時を見極め、厚生病院へ行った。やはり台風の影響で外来患者は少なく、私の通う注射室の廊下は人気がなかった。病状に多少の変化はあるのだが、書き込み用紙には変化ナシとしておいた。実際の体力は7割程度だろうか、9月に計画してある北アルプス槍ヶ岳行きな無理だろうと判断した160822▲24日の血液検査、26日の診断はどうなるだろう

体力テスト

血液検査の通り、私の体調は充分ではない。食欲と体重の低下、軽度ではあるが、黄疸症状による疲労感、異様な軽い腹部痛などがこの20日間程の生活を不快にしている。気力も大事と、朝食後はベランダ掃除、皐月の刈り込みを正午過ぎまでやってみた。5キロマイナスの体力はこうなのかと思い知った。充分に疲れたので片付けはやめて松ちゃんに頼んだ。トリマーや電気コードも仕舞う気力もなく日陰で休憩して引き上げた160821▲この後は本来なら私が全てを始末してから終了にするが松ちゃんにバトンタッ

8月 折々のことば

地元紙、桐生タイムスには隔週で桐生と近郊の著名な方の言葉を掲載している。殆どの場合、ご逝去された方の言葉であるから膨大な資料がストックしてあるのだろう。富澤氏の昨日の告別式の日にタイムリーに掲載された。「まず、人の命でしょう」1970年代の交通事故多発が社会問題になり桐生市でも交通事故撲滅運動が展開され、その陣頭指揮をとったのが当時の富澤課長。インタビューで富澤氏は街から車を締め出すのではなく、共存しながら安全な策を講じたいと。160820▲富澤氏にも私にもラッキーな出稿、さすがM記者

やっぱり、寂しい

昨夜は遅くまで掛かって富澤氏への弔辞を仕上げた。弔辞を書くのは初めてで、私は喪主の均さんと話し合って買って出た。多くの葬儀で身近な知人友人が弔辞を読み上げる葬儀が少なくなったような気がする。富澤さん程の方なら2~3人が自主的に弔辞をあげてくれる物かと思うが、なかなかそうは行かないようだ。原因の第一は同年のお友達が既に他界している事もあろう。私では力不足は承知で、弔辞のない葬儀で富澤さんを送り出す訳には行かない、との想いからペンを握った。160819▲私も二輪の花を手向けて富澤さんと分かれてきた。

遠路駆けつける

昨日は親戚の葬儀を松ちゃんと手分けして対応した。今日明日の富澤氏の葬儀は、富弘美術館関係者らが多く関わるので、私が連絡のハブ的役割になり、日程表を作って動いた。連休中に溜まってしまった通販の出荷は夕方までかかってしまったが、富澤氏の通夜の時間前に、熊本県芦北町からのお客様を迎えに行くのも日程表の一部、シャワーを浴びて正装し向かってセーフ。160818▲熊本県芦北町からは通夜、告別式に参列のため竹浦教育長が遠路を来て頂き感謝でいっぱいだった。

がんばるNippon

5日間休んだサロンを明日から開けるが、ここに来て親戚の葬儀と富澤氏の葬儀が連続するので開店営業もままならない。私の病状もややマイナス傾向で疲れやすく感じる。そんな日常とは全く別の世界でオリンピックが行われている。疲労、2つの葬儀と気の重くなる事ばかりだが、幸い日本の選手は多くのメダルを獲得して頑張っている。とりわけ卓球女子団体はメダルが取れたので愛ちゃんも一安心だろう。それにつけても、男子卓球の水谷隼はスゴイ!朝からTVの前に釘付けになってしまった。160817▲日本の選手団、励みになるよ、ありがとう。

送り盆

毎年思うことだが、正月やお盆はどうしてこんなに忙しいのだろう。正月は年始を辞めればいい、お盆も親戚などの焼香廻りや挨拶を辞めればいい、と思うがこれ等の行事から縁が切れない。松ちゃんとのオーラ素肌美サロンは13日から17日までの5日間を連休にしたが、一息着く間もないほど、しなくてはならない事がびっしり埋まる。お盆迎え、供養念仏、焼香廻り、送り盆と続き、特に昨日は富澤氏が亡くなったので、その後の対応にも時間が必要だった。160816▲16日は送り盆、大善寺では施餓鬼会が午後の4時、今年は松美と3人だけで墓参りをした。

人生の師の訃報

私が人生の師としていた富澤繁司さんが亡くなった。90歳。40年来の交流の中で私は多くを体験させてもらい、学ばせて貰った。富澤さんは桐生市役所の生え抜きで、三役である収入役まで上り詰めた人、そんな重職でありながら、職場はもちろん周囲への平らな気持ちは変わらなかった。現役を退いた60歳代からは登山の他に主に富弘美術館に関わるボランティア活動、ネパールで活躍するOKバジの後方支援を創設など幾つものサークルを立ち上げ、同時に私を引き込んだ。それらがあったから沢山の人と面識をもち、日本中に友達もできた。もしかしたら私は富澤さんと相性が良かったので沢山の仕事ができたのかも知れない。夕刻、大沢ご夫妻と一緒に自宅に面会した。寂しくて仕方なかった。160815▲今日は病院がやけに空いていたのは、お盆だからだろうと思った。ほぼ毎日、富澤さんの病室に行ってみた。今日行った時は既に自宅へ帰られていた後だった。

旧西中校庭で

先週に続いてモーニングスイート定休日の今日は、場所を変えて1時間程の散歩をした。永楽町にはラジコン師匠の鈴木こめやさんの他に市役所や税務署、更には警察署もあった時代も私には懐かしい。建物はすべて現在のそれと比べると十分の一程だったろうか、中学2年で50CCバイクが乗れる許可証も小さな警察署で受け取った。アルバイト先にあるバイクを練習するために夜の西中学校の校庭を使った記憶が蘇った。今は小中学校の統廃合で西中は消えたが、少し荒れた校庭が懐かしかった。160814▲荒れた校庭で中高年のソフトボールが行われていた

写真家斎藤利江さん

10年以上前、錦町のカメラ店アサヒ堂で開かれていた写真展を見て感動した。1938年生まれの斎藤利江さんが、まだ10代の昭和30年代に撮ったモノクロームの写真は同時に刊行された著作本「あの日、あの時、あの笑顔」にも公開しているが、ちょうど私達が小学生のガキの頃の日常風景を女子校生が切り取ったもの。当時10代で写真家を目指したのは珍しいだろうが父に反対され膨大なネガは処分された。斎藤さんの還暦を機に父の遺品などを整理したら「利江のネガ」と書かれた箱が発見され陽の目を見る。プロの写真家なんておこがましいけど、こんな写真が本当に好きなんだよ、と斎藤さん。最初の写真展をきっかけに囲む会やOKバジの事などの繋がりもできた。宮元町のオマドーンという家カフェギャラリーで未公開の作品を展示しているので見てきた。160813▲撮影時の想い出などを聞くと世代がほぼ同じなのでグイグイ昭和30年に戻って少年少女の世界になる(オマドーンにて)

猫について

このブログに我が家の猫の事を書くが、共に生活していると書かないわけには行かない程の事がある。7年前まで飼っていたミミちゃんという猫は、家の中には入れず外に小屋を作って十数年飼っていた。その時は松ちゃんが動物を家の中に入れるのが嫌だっただけの事で、数年前のある時、家の中で飼いたいと勝手に考えが変わっただけの事である。私はどちらでも良かったが複数匹飼うのは嫌だった。それも簡単に押し切られ、現在の4匹になったが、流石に先月の5匹目は反対した。1匹の増加など同じようなものかも知れないが、家の中で飼うことになると外猫とは比べようもなく手間がかかる。それが私の反対の理由だった。160812▲その他に自室でPC作業をしている時、新聞を読んでいる時にこんな妨害もある

「山の日」に幸あれ

容態が安定しないT氏の事が気になる。ワクチン接種日以外にも顔を見に行くが、ご本人も大変な様子だ。10日は他の医療施設に移動計画があったが、今はそれも難しい状況になった。元気なら今日は制定されて初めての祝日、「山の日」を心から祝っただろう。あるいは記念に近くの山へ登って皆で乾杯をしただろう。これまでも山を知らなかった多くの人に山の魅力を知らしめたのも懐かしい160811▲山の日か、私もしばらく山へいっていないな、山のエネルギーを頂いて来よう。山の日に幸あれ。(T氏の病室)

草を刈って町中スッキリ、だけど

先月は、桐生大橋の手前分離帯に雑木が生えて見苦しかったので、市役所へお願いして刈り取ってもらい市外からの入り口もすっきりした。この写真はどうだろう。オーラサロン近くの土地高低差があるための土手だが、その土手と歩道を業者さんが草払いをしていた。歩道と車道の間に縁石あるが、車道の草は残してある。縦割りのため管理する部門が違うのか、きれいに?車道側の草は残してある160810▲もう少しなんだけどね。サービスかボランティア的に何とかならない?

秋の同窓会へ案内

第5回昭和36年度東中同窓会の、同窓生向け案内往復ハガキをプリントした。住所や旧姓の再確認をして、挨拶文も代表の大島と調整した。9クラスの同窓生444名、そのうち物故者はもちろんだが前回4回目までに返信のなかった同級生には案内を出さない事に決めた。それでも289名の往復はがきを仕上げるのは3時間と疲れた。明日、大島が投函の予定160809▲70歳の喜寿ともなると、この中から三分の一の100名出席は無理だろうか

天皇陛下のきもち

ほぼ、イメージは見えるが今日の午後3時は天皇陛下が現状のお気持ちを述べるという極めて異例な日で、事前に報道された様に天皇の生前退位という聞きなれない言葉は、あっという間に日本中の話題となった。多くの人が高齢である天皇の気持ちを汲んだ意見だが、午後3時ぴったりに始まった天皇陛下のVTRは丁寧で優しい言葉使いで気持ちを述べられた。また、想像するととんでもない量の公務をこなしておられた事も感じられた。160808▲政府はこの問題を多くの民意をくみ取りいい方向に決着してほしい

夢のある製品作りを

モーニングスイートが定休の日曜日、家の中のトレーニングでは気が晴れないので散歩をした。日曜の朝は静かだ。相生2丁目から5丁目方面を1時間かけて廻ってきた。途中のサンウェーブ工業は数年前から(株)リクシル・サンウェーブ製作所桐生工場となっていた。私が中学を卒業して就職したこの工場はまだ建設半ばで完成した時は、大きな建屋はライトグリーン、敷地内は緑が豊かで公園のようにきれいだった。もちろん私の入っていた独身寮も真新しく、きれいな製品はきれいな工場から出来るのだと感じていた。写真は北側の一部を道路から見たものだが、コレを見る限り夢のある製品を作っている工場には見えないほど古びてしまった。160807▲古くてもいいが、建屋の塗装、周囲の積荷が乱雑で爽やかではない。

隣の敷地です

とにかく土いじりが好きなのだと思う。勿論サロンの庭はお客様が見るからきれいにして置く必要があるが、今、弥生さんと二人で作業している場所はサロンに隣接するY家の敷地である。もう何年もこうしてサロンの庭から見えるところは許可をもらって草刈りをし、庭木も整えている。確かにサロンの庭の背景になるから大事な場所、Y家は草刈りの必要がなければ放置するから身の丈の草場になってしまう。160806▲とにかく好きだから助かる。マスターやっておいてと言われたら、やだもんね

愛情1本!

別に愛情付きで松ちゃんが買ってくるわけではない。コマーシャルの歯切れがいい。この手の栄養ドリンクは買ってまで飲むことは無かったがサプリばかりより人工的な滋養も補給しておこうかと考えて選んだ。一番有名なファイト~いっぱ~つは力が出過ぎてしまうようで病人には向かない。思い出すが、中学3年で薬局にアルバイトした頃に初めて内服液タイプの栄養剤が出た。その頃は20mlのガラスアンプルで慣れない人には開けることが出来なかった。160805▲その数年後、やはりアンプル入りのリポビタン内服液が一気に100mlのスクリューキャップボトルにしたのが最初

感処良さそう

我が孫の自慢話だが、やはり素質があると思う。先月先輩の天沼君に手解きうけ、ぎこちなかったが今日は2回目、前回のデータを見ながら80%くらいの仕上がりまで行ったようだ。仕上げは天沼君が全てチェックして仕上げたが入店1年未満としては立派。技術教育は受手の心構えも大事、指導する側の力もマッチしなくては成さない。技術や勉強は若いうちにどんどん取り入れ吸収すれば一生の得策160804▲孫に調髪してもらえる幸福

せめて空元気

実際に今朝の血液検査の結果にも「芳しくない」との評価がでた。とりあえず退院にはなったが活力のないのを感じる。症状にも少し出ているが数値で示されると情けないが落ち込むし、すっかり病人になってしまったような気分。気持ちを奮い立たせてサロンへ出勤、やらなくてはならない仕事は待っているが今日は特に体が重い。なんとか明るい気分を作って打破したい。160803▲荒井先生から「興味しんしん2007年版」、マレーシア在住の知人からOKバジの絵本を作るためのサンプル的豆本も届いた。2冊をかかえてカラ元気のポーズ

1日入院

このメニューを見ると通常の私の食事は病気にとって負担なのだろうか、と考えてしまうほど質素。今日は5月28日以来のドレナージを交換のため1日入院。処置を終わって出された夕食がお馴染みのコレ、もちろん病院食だからそれなりのバランスは取れているのだろうが、暫く食べていない病院食は、はっきり言って味っけ無くて飲み込むのに苦労した。午後のドレナージ交換処置で先生は難し顔をしていた。ここ2回の診察でも癌マーカが上昇しているためドレナージに影響しているからだ。今後どうするか。160802▲点滴用ドレンなどが付いているためストレスでよく眠れない一夜を過ごした

イトヤーノ

10日前の体調不良は脱して、体調は良いような感じがする。勿論、先日の血液検査などでは『そうでもないよ』言っているが、やる事、やりたい事が沢山あって気にもしていられない。今、ひとつ問題は同じボランティアの関係者にメールは「夜出さないで」と変な注文をされている。メールとは254時間いつでも出せて、受けた人は見たい時に見る。というのが習わしだし、生電話では無いので迷惑にはならない訳だ。仕事のしにくい相手になった。昼食はパスタでも食べたいと思って居たところに娘宅から昼食をごちそうしてくれると電話。160801▲行ってみたところは桐生の末広通りと糸や通りの交叉する所、店名はイタリア料理イトヤーノ、その昔、天狗食堂として結婚前は何度か使った店