2月1日、マスター逝く(享年70歳)

master
『興味しんしん』と題したこのブログは、2003年9月1日にスタートいたしました。 その最初の記事は「富弘美術館は、国内では有名な美術館のひとつに数えられるだろうが、開館12年を経った現在、2005年春オープンをめざ新富弘美術館建設準備で東村はおおわらわである」と始まりました。

以来、2017年1月2日の「近影です」という記事がアップされるまで、実に13年と4か月、さすがに最後の2か月は更新が途絶えがちでしたが、昨年の10月までは、ほぼ毎日、休むことなく書き続けられ、その回数は4750回余、字数にすると、ざっと189万文字にもなります。そのすべてが、興味しんしんの人・山岸正雄の生きた証です。
しかし、このブログは、二度と更新されることはなくなりました。

亡くなる数日前、昔からの友人である斎藤さんが見舞いに行くと、マスターは「なにか言い残すことはないかい?」と聞いたそうです。斎藤さんは「それは逆でしょ。でも、ありがとう、楽しかったよ、マスター! 百点満点の人生だよね」と返すと、目をつぶったまま満足そうだったとか。

体はもうボロボロでしたが、泣き言ひとつ言わず、こうして豊かな人生を完結いたしました。
合掌

マスターになりかわり:荒井秀雄

マスターが13年以上このブログを続けられたのも親しく交流していただいた皆さんとの楽しい年月あったからこそだと強く感じています。
まだこのあと1年ほどの期間は自由に閲覧していただけますので、気が向きましたら思い出などを紐解きながらページをスクロールしてくださると嬉しいです。

マスターと交流してくださった大勢の皆さん、心より感謝申し上げます。

山岸松江

近影です

食事が摂れなくて血肉になりません。一日中自宅の仮の病室で過ごすか階下のキッチンに移動するだけで精一杯ですが、美味しく物を食べたいとか散歩をしたいとか夢は有るんですよ。今後の「興味しんしん」は更新不確定です。170102

▲一年前の体重57kgから現在は45kgです。健康は何物にも変え難くありがたいものですね。

2017を迎えた

明けましておめでとうございます。人生で予想もしなかった正月を迎えています。12月はとうとう、この「興味しんしん」を更新することが出来ませんでした。今後も多分駄目でしょう。いずれにしてもこの「しんしん」をご覧の方にせめてもの近況です。170101

▲力を振り絞って庭に出てみた。孫が揚げてくれた国旗が今年も輝いている。私も2017年の大地を踏みしめた。

復活へ

また料理を作るために、食べるために明日は大治療日。
またしばらくは『興味しんしん』は休みます。161125

宇都宮から飛んできた

何度も電話で心配してくれるけど、大丈夫と断っていましたが、短時間という事で寄ってもらいました。161115▲宇都宮の平野ご夫妻、電話後1時間後に到着。だけど見てもらうのは骸骨のような私の姿。

陽山舎手入れ

陽山舎は築31年、雨漏りも一箇所あり屋根のコケなどを取る作業を松ちゃんの同級生、小林さんと朝ちゃんがすると言うので見てきました。161114▲高い場所だから充分に気をつけて

必需品

家に居る時間が多く、楽な姿勢で過ごせる椅子をニトリ買いました。161113▲高さとリクライニングが私に合ってました。

真優ちゃんの送迎で

丸山ワクチンをするため、GC2の真優ちゃんのマイカーで病院の送迎をしてもらいました。真優ちゃんは7日に東京で行われた美容大会のワインディング部門(ロット巻)で今年も優勝しました。161111a▲7日の優勝写真とカワイイ顔でドライブする真優ちゃん。

体力回復の日々

昨日の内視鏡検査の結果を見て、やや焦りがある。Sの車に乗せてもらい診察指定日ではない厚生病院外科へ行った。主治医は学会で留守のため柴田先生に相談した。ステント挿入は不可なのでバイパス手術を高良先生と相談して下さいという事になった。栄養物質を食べられない現状はエンシュア・リキッドという高栄養ドリンクが処方された。診察後は2時間の点滴を受けSに家まで送ってもらった。161110▲栄養ドリンクが処方されたので食事の仕方も変更が必要、しかしこの日の深夜に嘔吐をしてしまいマイナス2kg。いい季節なのにな~。

病状の現状

9日ぶりに「興味しんしん」を更新しました。今日は癌の影響を受けて食事が取りにくい胃腸の状況を改善するための内視鏡検査をしました。結果は、体力を保持できるステントを入れることが不可能と分かりました。今後は開腹し、バイパスを作る事になると思います。現在の体重は44kg、1年前から約15kgマイナス、体力が無いので11月からは全く活動をしておりません。心配を頂き手紙、電話やメールを頂きますが、お返事出来ない場合がありますのでお許し下さい。161109▲内視鏡検査はなかなか辛いよ、(この写真は私が受けているものではありません。イメージです)

足湯で肥厚対策

松ちゃんの運転で墓参り、野菜スープの材料などを買って帰った。2ヶ所の墓参りとスーパーに寄ったら、すっかり疲れてしまった。3日目のくず湯の食事も胃腸には流れるが、全く力が出ない。161108▲毎日風呂には入るが、水分不足で皮膚は乾燥し、踵の肥厚がひどいが自分での手入れは無理なので太田の娘に足湯を使って落としてもらった。

くず湯食

変形した胃と十二指腸の間が癌の影響で狭窄した部分があり、思うように食事が通らない。流れない場合は嘔吐になり、体力がなくなる。2日前から「くず湯」をベースに砂糖、きなこ、蜂蜜、ふりかけなどを追加して1日2食としている。幸い2日間に嘔吐がないので、これを続けたいが栄養はとりにくい。161107▲寒い夜に静かに食べる「さとう葛湯」は幸福を感じるが今は命の支え。

気分転換に行く

秋の楽しみのひとつ、群大工学部キャンパスで行われる桐生クラシックカーフェスティバル。今年は11回目で毎年Sと行くことにしている。しかし、今年の私は体力が無いのでどうかと考えたが、数日間家から出ないこともあって強行した。体力が無いのは思考力の低下も有るが、興味の有る車にも見る気力が欠けていた。161106▲Sは病人の私に付き合ってくれたが、疲れて1時間ほどで帰ってきた。

最低体重記録

過去に怪我や胃の手術で入院したが、記憶にある最低体重は47kg、しかし今の体調は最悪で食べられず、食べると5時間後に大量の嘔吐で1回に1kgずつ体重は減ってゆく。思考力も落ち、だるく、胸が重いので自宅で安静にしている時間が多い。161105▲どこまで体重が落ちるのか不安。

レントゲンとCT

食べられない、嘔吐が続く。この現状を解決しないと体力はどんどんなくなる。狭窄部にステント(拡大チューブ)を入れるか、はたまた開腹して新たなバイパスを作るか、とにかく解決しないと毎日辛い。161104▲今日はワクチン、血液検査、レントゲン、CT撮影とクタクタでした。

神頼み、その後

癌友の中島さんと既に3人目のお助け○○と会ってきた。信ずるものは救われる的ではなく、お助け○○さんの神通力に頼るものだ。これまでの3人の方はいずれも普通の家で普通の生活をしているが、私達のように全国から話を聞いて来るらしい。161103▲隣の施術椅子で時間待ちの休憩をする中島さん

主治医の 説明

既に一月ほど前から食事が思うように食べられず、嘔吐があり体重は減っている。原因の大筋が腹部癌の拡大し、20歳のときに胃穿孔で三分の二を切除した部分との関係がうまくゆかないようだ。161102▲左図は肝臓ドレナージ、右図は変形した胃と腸の接合部と狭窄部分

粥からやり直そう

昨夜は不安の眠りの中で考えた。何とか嘔吐を止めなければ体力が落ち、病に勝てぬ。そこでまた実践しようと考えたのは暫く固形物を食べない事にした。シンプルな粥とシンプルなヨーグルト程度の食事をしようと決めた。結果はほぼ良いようだ。午後からの胸焼けや膨満感が今日は無い。圧倒的にカロリーは少ないがスムースに食べたものを胃腸に送りたい。昨日、前橋のTおばさんの所へ行っての変化は、今日一日鎮痛剤を飲まずに済んだ事。これは変化だと思う。体力不足で運転は控え、厚生病院の丸山ワクチンは松ちゃんの車で送迎してもらった。大間々の金子さんも心配して一日置き程度に様子を見に来てくれるが感謝する。161031▲近くのコンビニで買った粥のパック

自己新記録、46kg台

癌友の中島さんの運転で前橋の(お助け○○)Tおばさんの所へ行った。これは18日に矢張り中島さんと行った片品村の方で週に4日は前橋の別宅へ居ると言うので午前に行った。高速道を使えば30分ほどで行けたので工程は楽だった。自前で用意した49個の団子を持参して祈ってもらった。帰路、蕎麦屋で昼食にしたが、その後の胃腸がまた不調になり、家に帰ってから何度も嘔吐してしまった。最終的に深夜の嘔吐で体重は46kg台まで落ち、いささか不安である。161030▲Tおばさん宅は片品、前橋ともブルーに塗られていた。この写真はサイトからの物で実際とは違います。

腸内細菌の見直し

狙いは間違いない様だった。完全空腹の朝に昨日作っておいた豆乳ヨーグルトが鍋の中で程よく固まっていた。先ずは50gを食べ、次は豆乳ヨーグルトときなこ、ごま、野菜、味噌、はちみつで特殊ドリンクを作り、それを朝食とした。昨日までは食事後に不快な胃液が上がり、数時間後に大量の嘔吐をしたが今朝は全く不快感がない。健康な人でも乳酸菌の摂取は必要と言われているが、投薬で胃が荒れて腸内細菌が減少していたとは気が付かなかった。中島さんの届けてくれた船瀬俊介の本を直ぐに開いて成功!161029▲我が家でも久々に登場したジューサー。

大きな見落とし

昨日に続き嘔吐でエネルギーを出し切ってしまった。胃液が上がり、食事も取れないこの状況はまずい。松ちゃんに厚生病院へ連絡してもらい、診察と点滴をした。午後からの診察だったので点滴が終わったのは5時半だった。この状況を癌友の中島さんに電話したら訝しげにファスティング(小断食)の話になり、夜にも関わらず船瀬俊介の本を届けてくれた。早速それを読み、“これだ”と感じたのは、この半月以上にわたって私は胃に入れるスペースの事を考え乳酸菌類を全く摂らなかった。代りに服薬が増えたため腸内細菌が減ったので嘔吐が繰り返された。それに気づき、閉店直前のスーパーへ行き豆乳とヨーグルトを買い、明日から食べる豆乳ヨーグルトを作って置いた。161028▲まだ営業していたスーパーをみてホッとした。

再び点滴を

激しい嘔吐が一日一回だが止まらない。16日から始まった嘔吐は延べ6回、この10日間で体重も更に3kg落ち50kgを割ってしまった。どこからも力が湧かず、老人そのものという動きが情けない。体をリフレッシュする意味で早朝体操MSだけは出席してきたが、嘔吐と食事が通らないのでグッタリしてしまう。厚生病院に電話して診察と点滴を依頼した。血液検査もしたが総体的に数値が悪いのは以前同様で、特に大きな変化はないという。なんとかこの状況から脱出せねば。161027▲レントゲンで腹部も撮影したが決定的な解決方法は出ない。

♫午前は良いが~その後はこわい~♫

睡眠が充分に取れたのか、ローヤルゼリーが効いたのか5時半に目が覚めた。思い切って床から起き上がりトレーニングウェア着て見た。フラフラしているが1週間ぶりのモーニングスイートへ出席、陸上競技場で皆が元気に動いている。来てよかった。スロージョギングもせず、ストレッチとグラウンドを2週歩いた。そんな朝は調子が良くても刻々と体調は変化して午後はダウン、やっとの思いで丸山ワクチンをしてきた、161026▲知ってか知らずか猫の花ちゃんは昼寝もとらず私につきっきりだった。

床に戻る

疲れがどっと出たのか普通に病が進行しているのか、ほぼ一日中、仮眠用布団の中にいた。熊本芦北町行には収まっていた嘔吐が又始まり、体の動きは重く、体重は1年前の10kg減になってしまった。161025▲横には薬、水、洗面器などで嘆かわしい。

予定外の早帰着できる

昨夜は石井教育長と聖生館長のプレゼントでホテル内で飲み放題の打ち上げをした。実際、私は初日以外はすべて大変だったが同行の羽広新支部長、横澤事務局、そして栃木県支部長平野ご夫妻には大変な負担をかけてしまった。終わってみれば全てカタチが整い、新支部長紹介、栃木支部紹介など私の役割が果たせたと思う。帰路は直通バスを使わず電車なので午後3時半に帰桐、その足で厚生病院へ行き丸山ワクチンを接種した。無事自宅に帰れた~。161024▲最長老90歳の伊藤さんは旅のベテラン、横澤さんお世話になりましt。羽広新支部長何もしないで頑張ってね。

目出度くも、長い一日を

芦北町の公用車の送迎で式典の会場に入った。昨夜の懇親会で少し食べ過ぎ、腹部痛と胃が不快だ。一連の式次第に沿った挨拶などが行われ、みどり市石井教育長の祝辞、そして富弘美術館の聖生館長が1時間の講演をした。足北高校の男女混声コーラスのコンサートもあり充実の式典は正午にすべて終了した。会場には私達、群馬県支部の他に栃木県支部、福岡県支部、熊本県支部の囲む会が出席しており、懇親を深める意味で福岡県の武田氏提案で昼食会を同会場で行った。ただ、私の体調は50%以下で用意された弁当は殆ど食べられなかった。161023a▲富弘さんの親友聖生館長は少年期も含めユーモアを交えた講演だった。161023b▲山口県在住だけど福岡県支部所属の三浦孝子さんとは8年ぶりの再開、「ブログを見て心配しているよ」と励まされた。(写真提供:平野氏)161023c▲栃木県支部長平野氏の山岳友達、岩切ご夫妻は宮崎詩画展で私とお会いした。10年前の工事中美術館を案内した事もあった。(写真提供:平野氏)161023d▲4支部全員が10週年を迎えた芦北町立星野富弘美術館前で記念ショット、私のブルゾンは熊本の中根たみ子さんにプレゼントした。(写真提供:平野氏)

いざ出発、という感じ

体調不安だが3日間の旅が始まる。要は明日行われる熊本県芦北町の星野富弘美術館10周年記念セレモニーに囲む会群馬県支部としての役割が果たせればいいのだ。熊本空港には芦北町の公用車が迎えに来て、その他に芦北美術館の顧問、酒田先生が車で来ていた。一行8名のうち私のみが坂田先生の車に乗り、芦北美術館前館長の見舞いに廻った。公用車の一行は半年前の熊本大地震の被災地を視察しながらホテルに入った。この日はホテルで30分ほど休憩した後に芦北町の議長や町の幹部と懇親会を開いた。不安だった私の体調はこの時点ではまずまず、2時間以上に及ぶ宴席は活気があった。161022▲坂田先生の案内で木村氏の入院先へ会いに行った。思った以上の成果と回復力で羨ましかった。

体調良しを願う

診察日である。高良先生の診察後は丸山ワクチンと最後の点滴がある。2時間掛かるが、その間に胃がムカムカして不快、何とか収まってほしい。熊本行の必要な買い物を時計を見ながら済ませて、口に入りやすそうなアンパンを2つ買い昼食にした。やや微熱が有るので胃が不安定なのかも知れない。サロンで必要資料の再確認をして帰宅、その間に芦北町教育長、美術館館長、酒田先生などから体調はどうかと電話を頂いた。もちろん、「大丈夫ですよ」答えておいたが実際は不安。161021▲夕食前に太田に住む娘が昨日と同様に足のむくみ取りと体中に温灸をしてくれた。大丈夫!!

点滴

実は昨日から、丸山ワクチン接種時に点滴を申し出た。16日のさんまパーティー以来、微熱と嘔吐が続き最悪の体調で辛い。22日からの熊本県芦北町行の事を考えると何とか体力を取り戻したい。主治医の高良先生の許可が出て3日間の点滴をすることが出来た。ゆうに2時間以上かかる点滴時間は(仮眠時間)に宛て食事の摂り方も慎重に考えた。夕食後は太田の娘が来て、むくんだ足を揉んでくれ、温灸もした。体温が37度以下になってきた。161020▲この点滴液に望みを託してしばしベッドで寝る。

小林土建さん

個人向け土木工事はめったに頼むことは無いだろうが、もし、一般の外溝工事をするのなら絶対にお薦めしたい土木屋さんだ。今はご夫婦2人で現場をこなすが先代から2代目で、先代の小林さんも静かな人できれいな仕事をいていた。いい仕事、丁寧な仕事は道具や服装も違う、汚れたままの作業着で来たのを見たことがない。古くても道具はピカピカに手入れをしてから作業を終える。料金設定も親切で、今回我が家の頼んだ仕事は生コンクリートを圧送車を使わなければ無理と思っていたが、時間をかけて一輪車で生コンを運び込んだ。だから、見積金額も圧倒的な安さになっていた。161019▲古いマンホールは洗ってマスキングしてあった。

片品のおばあさん

私の病との戦いに第5の矢と位置づけているのが「お助け○○」的、とらえどころない説明しにくいものだ。昔からの民族習慣の神がかりとでも言おうか。私は既にこの手の人に2人会った。これは先ず、神様の代理として私と相性が良いかが問題になる。探すと「お助け」を生業としている人が結構いることもわかった。癌仲間の中島さんと昨日決め、今日訪れたのは群馬県片品村、細い突き当りの道を入ると青い家があり老夫婦とその娘さんがいた。1時間ほど雑談をして「お助け」を施してもらった。161018▲12時到着だったので大きなノリの安倍川餅(15cm✕8cm)が2枚を出されたのにはビックリした。

薬と付き合う

昨日の本番も、午後の3時近くには私の体力は限界だったので小屋に入り、ストーブで暖をとり休憩した。その後は更に体調が悪化し微熱が下がらず眠れなかった。鎮痛剤で傷めた胃の回復も遅く、食欲と胃腸がマッチしていない。午前は千葉の中村さんご夫婦が体調を心配して来てくれた。午後から出来るだけ鎮痛剤を頼らずに行動した。ワクチン接種、さんまパーティー用借り物の返還、今週末に出かける熊本行の航空券などの再チェックをして一安心。161017▲出された薬は言われる通りではなく自分の体調と相談しながら付きあう。

ほぼ完璧、集大成

昨年の参加者が280名と肥大化してしまったので、今年のさんまパーティーは積極的な呼びかけを控えた。それでも12日の会議集計で220人を超えていたので、ある程度の予想は出来たが260名は多かった。やっぱりさんまパーティーを楽しみに待っている人が多いと言うことで嬉しい限りだ。スタッフは9時集合、コンロなどへの火入れは9時半として各セクションの確認をしてもらった。今年は不足品ナシ、さんま焼きのミス無し、ご飯も良く炊け、焼き芋も完璧品、焼きそば、フライドポテトは充分に行き渡り、具だくさん豚汁はお代わりができた。とりわけ中央に作った簡易ステージは雰囲気満点。161016a▲7000円のステージとは思えないほどきれいで安定よし、マイク、アンプが追加された。161016b▲2台のさんま焼きマシンで完成品の安定供給もスムース。161016c▲従姉妹の京子が大宮市から友達と初参加、喜んでもらえた。

備品追加

17回目のさんまパーティー、前回より必ず内容のいいものにしたいのは人情。しかしいかんせん、今年の私は100%の力を発揮することが出来ないもどかしさもあるが、友達などに頼んでしまう気楽さも覚えた。先のさんまパーティー会議でもスタッフの車の置き場所が建設的だった。私はこの日も治療のための入浴所へ行ったり、雑務をこなしてから最終的なブースプランをした。日没が早いので多くの準備を残して皆家路に帰った。161015▲オーラ化粧品の会議に使った大型テーブルをSや小林さんが運び出した。

買い物の漏れは無いか

書き出したら、さんまパーティーなどに使う備品調達などの最終日で8項目あった。午前の仮眠からメールの処理などをしている間にSが2件を片付けてくれた。残り6件はSの車に乗せてもらい、丸山ワクチン接種の他に使い捨て容器など4ヶ所を廻り、Sが全て荷物を持ってくれたので助かった。最後のレンタルのガスボンベを会場へ置いて終了。健康であればなんでもない事が、買い物とはこんなに疲れるものかと自認した。明日はGC1の孝行も夕方から手伝うと行って来た。私はあと2日の体力を安定調整しておきたい。161014▲陽山舎の裏山の杉を伐採している業者はトラックの侵入で傷んだ道路をバラスなどを撒いて補修してくれた。

作業に行ったが休憩

同級生の江田がさんまパーティー会場整備にくるので、Sなどと9時に現場で合流することにしていた。今日は駐車場を借りるための各敷地の地主さんに挨拶。草刈りの仕上げ、男子用簡易トイレ設置、簡易ステージのパレット作りだが私は午前の仕事を終え、小屋の中でストーブを着け、皆で弁当を済ませた後に2時間ほど寝た。いつもの朝の仮眠をしていないのと矢張り今の体力では長い時間の作業が疲れてしまう。仮眠から覚めて簡易トイレの完成を確認して今日は終えた。161013▲外気温13度、ストーブをガンガン燃やし小屋を暖かくして仮眠した。

会議での参加者集計228名

日々安定しない体調で困る。昨夜はいつものように鎮痛剤を飲んで寝たが、やはり腹部が痛くて眠れない。追加に強力処方の鎮痛剤も2回飲んだが熟睡にはならず、疲れ切って起床した。午前は今日のさんま会議の連絡などで仮眠できず、陽山舎のステージ作りはSに頼んだ。小林さんがプロパンガスの充填に行くなど、多くの私の仕事を代わってもらった。丸山ワクチン摂取を済ませ、サロンで雑務と会議の資料作り。6時半から16人の実行委員で始めた会議はやはり3人、多勢よればいいアイディアが出て、運営の仕方に磨きがかかったように思う。161012▲会議前の弁当も各自が実費負担で本当にご苦労様です。

ローヤルゼリー、いいかも

空の高い秋の爽やかさもあろうが、今朝の気分は久しく無かった健康感覚だった。思い出すと知人から送られたロイヤルゼリーを昨夜はやや多めに食べて寝た。この「多め」は数日前の体験したので、効果は多めのロイヤルゼリー摂取と思われる。無理せず午前は自宅で過ごし、午後からSとさんまコンロの最終仕上げ、その後に陽山舎へ向かい、オカリナ演奏、篠笛演奏などの組み立て式簡易ステージ作り始めた。床下物置の大量のウマコオロギの駆逐も済み、作業がしやすくなった。161011▲やはり山の中は寒い、休憩では小さな火を起こしてお茶にした。

新コンロでさんまテスト焼き

昨日、桜井さんを見送ってから、Sと2人でさんまパーティー用ドラム缶コンロを作成した。本来なら1年前にして置くはずだったが、私の病でそのままになっていた。部品も揃ったので今日、体育の祝日に20人ほどが陽山舎に集まり、新しいさんま用コンロのテスト焼きをした。昨年までのプロトタイプとは違い機器はきれいにしあがり、機能も充分だ。同時にフライドポテト、豚汁、四国徳島から送られてきたスダチを付けて、焼きたてのさんまを皆で試食した。161010▲すべてが美味しかったので食べすぎたか、此後、6時間ほど辛くて動けなかった。

富澤宅へ焼香

昨夜は久々に松崎さん、大沢さんご夫妻を交えて桜井ひろ子さんを迎えた。会食で私としては食べすぎてしまったので、家に帰ってから辛かった。今朝は桜井さんと朝食をしてから富沢宅へ焼香に向かうことになっていたので、体力の調整をしておいた。予定時間に大沢さんご夫妻と合流し富澤さんの焼香をした。写真を交えた懐かしい話で予定していた時間を大幅に過ぎてしまった。帰り途中に富澤家菩提寺へより、桜井さんと墓参もした。高台にある富澤さんの墓地から市街地が見え、青空が輝いていた。161009▲富澤さんの育てた花、みかん、など話題に事欠かなかった。

よい日、いちにち

今日は良い日かも知れない。ラドン鉱泉浴するために中島さんと
落ち合った。そこでk氏から新たな提案で霊的能力者の紹介を得た。癌は手術、放射線、抗がん剤、免疫療法、そして第5の矢が霊的能力だと思う。私の場合はこの段階なので幸運な出会いができそうだ。その話に時間がかかり、仙台から富澤氏の焼香に来る桜井さんの出迎えが忙しくなた。事無く皆と合流でき、市内に予約しておいた居酒屋で会食とした。櫻井さんの実母介護奮闘記は、滑稽なので本にすることをすすめられていた。そして、しばしこの会食が出来たのも富沢さんのお陰と偲んだ。161008▲静かな居酒屋を探した筈だが、隣席に若者の集まりがあり少しうるさかった。

猫はヒマだ

猫はヒマだ。私は午前から高良先生の診察をうけ、鎮痛剤の追加薬を処方してもらい、検査結果に落胆して帰ってきた。猫はヒマだ。Sの車に乗せてもらい新田町のジョイフルHへ行き、さんまパーティーの機材を購入してきた。セキチューにも寄り、簡易ステージの考案も出来た。猫はヒマだ。楽天サイトの通販に使う梱包用エアパッキンの作り方を真優ちゃんに伝授しておいた。猫はヒマだ。私の乗っているプリウスαはリコールがあるので、定期点検と合わせて4時半に予約しておいた。待ち時間は約2時間だった。猫はヒマだ。車を受取り、帰りにヤオコーで夕食の食材を買って帰った。猫はまだヒマだった。161007▲リラックスしてるね~、この警戒心のない姿がほっとさせるね~。

むくみも消えて

実際、1週間前の天気は誰もが運動不足になるほどおもてに出られなかった。早朝体操MSも400mトラックを使ってのスロージョギングやウォーキングが出来ず、ストレッチだけの日々が続いた。体調の悪さ加わって両足がむくんでいるようで心配だったので太田市に住む娘に美容エステの一種リンパドレナージュを頼んだ。サロンのベッドを使い、仰向け、うつ伏せとなり施術をしたが、リンパドレナージュではなく、足首の柔軟マッサージとしたようだ。既にむくみも引けていたので、私にとってはリラックスマッサージだった。161006▲半分以上の時間はいびきをかいて寝ていたそうだ。

第5回昭和36年度東中同窓会

難しい体調を今日はどのように維持するか、朝のMSから考えながら行動した。朝食は摂り過ぎないようにし、午前は充分に寝た。丸山ワクチン接種を済ませ、サロンで体調を整えながら同窓会資料を確認した。プリオパレスに実行委員は4時までに集合がかけてあった。既に全委員が揃って私の資料を待っていた。台風18号の悪影響も受けずに4時半には半数程の同級生が集まってきた。受付フロアでは既に同窓会前哨戦がはじまり賑やかだった。特に女性は思いっきり着飾り、華やぎを添えてくれた。今回5回目は恩師を招待しないので、それぞれ闊達に動き、他クラスの席の友に会う姿が多かった。私は閉会の辞で、まず楽しかったかを尋ねた。殆どの同級生から拍手が起こり、成功を確認した。そして今は療養中だが、15年前にこの同窓会を立ち上げた中島雄一君の功績を讃えた。161005▲会長の大島と私は今回を最後としていたが、今日の熱意を見ると次回もやるべきかも知れない。

気ぜわしい休日

第17回さんまパーティーの開催まで10日余り、明日は第5回同窓会本番。準備は怠り無いか。毎月の墓参を終えて、午後からは1年前に私の病気でストップしてしまった大型さんまコンロの制作にSと取り掛かった。昨年は送風機に火の着いた炭が落ち、送風機自体が燃えてしまった。それらの失敗を克服しシンプルな構造にした。最中に同窓会のOから電話で参加者が2人増え、合計89名となった。陽が暮れないうちにSと陽山舎も見にいって来た。杉林は北側から伐採がはじまり、これから西の伐採が終われば明るく一新するだろう。161004▲同窓会が終わったらさんまパーティーの会場作りに入る。

こちらは生後一ヶ月に

今日は衝撃的な連絡が2つもあった。一件は遠くに住む友達が舌癌だという。確かに今年になって少し元気が無いようだったが、なんと癌患者の多いことか、もう一件は埼玉に住む母方のおじさんが既に6月に亡くなっていた事だ。おばさんも痴呆が入り親戚に連絡とる手立てがなかったという。丁度、1年前に私は母方の叔父、叔母の全てに会いに行っておいたので気持ちが救われた。気落ちしている場合ではない、16日のさんまパーティー備品を買うため新田のジョイフルHへいった帰りに、娘宅で育てている子猫を見てきた。161003▲もうすぐ生後1ヶ月がたつが、自力で餌も食べ始めた。

腹痛+胃の痛さだった

3夜連続の腹痛で眠れなかった原因がわかった。1ヶ月前ほどから腹部の痛さを緩和するためにジェネリックのロキソニンを飲んで抑えていた。病院で処方された中に胃壁を守る薬も処方されていたが、私はすっかりナメていて鎮痛剤だけを服用していた。これですっかり胃壁が荒れたらしく、食欲は減退し夜はみぞおち辺りが痛くて身の置き所がなく椅子にかけて寝た。だいぶ遅かったが、今日、それが原因だと気がついた。遅ればせながら、今日から胃の修復剤も同時に飲むことにしたら、心なしか胃のあたりが少し楽になってきた。161002▲薬袋の中にあった説明書もろくに読まなかった事が原因、とりあえず眠れない痛みは癌とは関係がないようだ。

富澤氏法事

私の体調に変化あり。残念ながらマイナス方向で腹部の痛みに鎮痛剤が効かず眠れない夜が3日続く。体重もこの2ヶ月で6kg減、なので昼は表情が冴えず、目にハッカを差したいようだ。スケジュールは気合を入れて望むが、流石に今日の富澤さんの法事では「元気がないね。大丈夫?」と心配された。たまりに溜まった興味しんしんも帰宅して仕上げて、いっぺんに6日分をアップしたが疲れる。10月に入ったが今月が私にとって大きなイベントの重なり月、充分に体調を整えてクリアすれば、11月は少し楽になる。1001▲師、富澤さんの七七回忌法要、もう会えないひとつの区切り。

運動神経バツグン

前橋に住む二男のお嫁さん、早苗ちゃんのお父さんは、かなり運動神経がよい。もともとスポーツはなんでも体験済みのようで、昨今、日本の独自スポーツのひとつ「スポーツ吹き矢」でも市内ではいつもトップクラスで活躍していたので地元紙桐生タイムスではいつもハイライトあびていた。最近タイムスに出ないので聴くと、いまはゴルフに夢中だという。たった今の私には想像もつかないほどの運動量で、羨ましい。山菜採りもプロ旧で箱の中には立派なムラサキシメジが入っていた。160930▲荻野家の猫は我が家同様に数匹が暴れまわっているという。

器用な人

本人が肩を痛めて大変なのにサロンにいる私を見舞って寄ってくれた。Fさんとは早朝体操モーニングスイート仲間だが、肩が完治していないのでMSは欠席中だ。ご本人の見た目から判断してはいけないが、見識が広く、器用だ。以前Fさんの娘さんの店で会食をした時にFさんはデザートにリンゴを剥き始めた。その手さばきは見事で、素人料理人を自認するのには納得した。その動きの良さで毎年さんまパーティーでは巾広く活躍してくれる。160929▲長野の帰りだと天然きのこを置いていってくれた。

ラベンダー香り粒

囲む会のラベンダー香り種作りも今年は進まなかった。陽山舎に干したラベンダーの粒は一度も換気をせずに取り込んでしまったので香りの質が心配だ。何より今年の長雨でカビが生えないかも心配だった。先週、さんまパーティーの準備の為に松ちゃんが取り込んで来たが、今年は写真の2人に持ち帰ってもらい自宅で仕上げてもらうことにした。160928▲左は次期支部長に決まった羽広さん、右は会計のベテランひろえちゃん.。

公募展に今年も出品

富弘美術館が開催する「詩画公募展」は今年で4回目。美術館を囲む会群馬県支部としては毎年出品しようと言う事になっている。8月に亡くなった前支部長の富澤さんにも昨年は無理を言って作品を描いてもらった。今ではいい思い出になった。例年、公民館を使って2回に分けて支部の皆で作品を描いたが、今年は欠員や体調不良で出品者が少ない。20人が入れる会議室に今日ななんと、大沢さんご夫妻、横澤さんと私のたった4人。私も体力と気力が伴わず、雑談で2時間が終わってしまった。160927▲大沢和子さんは仕上げに、ご主人はつかれたのか居眠りをしていた。

占領

もちろん猫は人間の癒やしの為に生きているのではないが、長い歴史の中で人間と密着して生きてきた。犬や猫は人の子のように小さい時は仕草が可愛く、従順であるから、一番ヒトの近くで暮らしてきたのだろう。ただ、いつも思うのは野良になって、ヒトに追い払われ、交通事故などに遭うのは偲びない、我が家の4匹の猫もすべて捨て猫だが、飼えば猫もヒトを家族同様に思っているだろう。160926▲私の寝るスペースに4匹が集結していまい、これでは寝ることが出来ない。移動が大変。

スゴイ桐生の画家金原寿浩さん

台風を含め、1ヶ月近くも続いただろうか、長い低気圧に私だけでなく日本中がウンザリしたことだろう。健康な人でも体調を崩すと言うから、私には数倍も低気圧が重かった。それに引き換え、今日の秋晴れはなんだ、朝から体も軽く感じたので5時半から1時間以上散歩をした。車2台の洗車をした。朝食も手早く作った。掃除もバタバタ終わらせた。特別に真優ちゃんと息子の昼食も用意しておいた。天気が良いと人はこんなに元気になれるのか。やや睡眠不足のまま、有鄰館へ「桐生本町通絵図展」を約束していたSと金子さんとで出かけた。桐生在住の作家、金原寿浩さんの29mの桐生市本町絵巻は圧巻、2時間近くたっぷり楽しんだ。160925▲有鄰館レンガ蔵の両壁をフルに使っての展示、今日までの開催、来てよかった。

第5の手段2件

今日も天気が悪いが予定は2つ。1週間前に行ったラドン+イオン浴の1時間と希望していた「お助け○○」てき能力者に会うこと。後者は新たに中島さんの紹介で会えることになった。みどり市役所近くで、所要時間はやはり1時間程度。私の話を聞いてもらい、お助け先生の考えや霊障などの話をしてくれた。20分程度の触診をしておしまい。いずれも私が信じることが大事で、素直に受け入れてみようと思った。帰りに中島さんの工房に寄って今日の経緯をはなした。心持ちを明るくと励まされた。160924▲陶芸教室と革細工教室を手がける器用な人

高良先生診察も良し

一日中ゴロゴロ家にいると病気になってしまう。(^^)/ 今日はいいだぞ、病院の高良先生の診察がある。午後は同窓会の為の会場下見確認がある。私には多少の負担がかかってもスケジュールが入っていた方が体調がいいようだ。会場プリオパレスの下見が終わってから大島とモリムラコーヒーへ行って同窓会役員のキミちゃんへも報告してして来た。160923▲大島は当日のサービスの為のテーブル確認にも余念がない。

身体の重い一日

原因の分からない痒みが一日置きに3回きた。蕁麻疹のような腫れになり、全身に出来たときは気が狂いそうだった。その影響か微熱が続き、腹痛の鎮痛剤も効きにくく、静かに過ごすしかなかった。寝不足もあるので仮眠しようとしても焼香客や宅配があり、結局身体を休めることは出来なかったが、嬉しいことに岩ちゃんが初物の天然キノコを届けてくれた。天ぷらによし、キノコ汁に良し元気が出そうだ。160922▲ポーズはおかしいが右側が天才キノコ採り岩ちゃん。

LINE談義

元気のない顔を見せるのは気が進まないが、ここで気を受け入れる気持ちがなければ、折角の免疫力を逃してしまう。秋彼岸で親戚へのお焼香まわりをしている時に金子さんから暫くぶりに電話が入り、今日の私には焼香廻りと病院へ行くので精一杯だったが、4時にサロンへ戻ることにした。やっぱり積極的に人に会うことにしてよかったし、久しぶりの金子さんと免疫力が出るような話になった。160921▲金子さんも娘の為に始めたLINEの使い方談義にもなった。

風景リフォーム

我が山小屋、陽山舎の風景に異変あり。一昨日に山小屋の掃除をしてくれたKさんからの報告であらかたは知ったが、昨日、陽山舎の隣地の持ち主と会うことした。境界線の確認と伐採がどの様な目的でどのようになるのか気になっていた。10時現地集合、説明を受けると小屋の北東側の高い部分を均して太陽光発電設備をする。そのための南西からの陽を遮る杉林を伐採するという。基本的にその地主の自由だが異様な風景に変わるのは困る。しかし、よく考えれば杉林が有るために年中湿気があり、小屋の裏は暗い。そう考えれば緩やかな草原の中に陽山舎があるという新しい風景を期待出来る。それもいいかも。160920▲10月16日のさんまパーティーまでにはすべての伐採が終わり小屋の裏側から明るい陽がさすだろ。

彼岸走り口

台風影響の秋雨前線のなか一時天が止む時間を捉えて朝ちゃんと小林さんは別棟外周コンクリートの事前作業をしてくれた。今日は秋彼岸の走り口で、祝日日となり、病院は休みだが丸山ワクチンを10時の予約で救急外来で受けた。墓参りは前橋の二男家族を待って一緒に済ませ。昼食後は寝不足を取り戻すために仮眠したが、昨日のラドン鉱泉浴が効いたのか異様に体が重い、そのまま鎮痛剤を飲んで外が暗くなるまで寝ていたようだ。今夜も自宅風呂を低温にして20分以上体を温めた。入浴後しばらく体温37度をキープ。160919▲GC3錬太郎は体験的に朝ちゃんの一輪車に砕石をつけて運んでみた。

ラドン・ホルミシス効果

癌の情報交換をしている中島さんと、ラドンガス浴を受けることにした。秋田県玉川温泉、鳥取県三朝温泉は天然のラドン鉱泉浴ができ、湯治すると良いと言われるが、少し無理。中島さんは思い出したように桐生でも人工的設備で同じ効果が期待できる施設を数年前に利用したと言う。思い出した結果が私も知るサロンのお客様の経営する施設だった。中島さんがコンタクトをとり10時から施設に入った。体を正常に戻すラドンガス効果と大量のマイナスイオンを取り込み、遠赤で体温を上げる。その他、耳新しい情報をこの施設の代表者から聞いた。今後の参考になる。160918▲1時間という設定を私はこの1坪の小さな部屋の中で1時間半も寝てしまった。

17TH さんまパーティー会議

現在の体調を率直に述べると、腹部の圧迫痛を感じるので癌は拡大している模様。鎮痛剤を処方してもらい、1日3錠限定を2錠で済ませている。この間に第3の方法で癌と共存するか勝ち進みたいと考えている。方法は必ずあると信じている。とは言え、体力が少し落ち、思うように活動出来ないのが現実、今日は14時にサロンへ出て、少しの仕事を処理してから今夜行う、さんまパーティー準備会議の資料作りに時間を費やした。頭の方も充分に回転していないようで会議現場では資料不足だった。160917▲さんまパーティー参加申し込み用紙は例年の雛形とおりにした。

天然フルボ酸の威力

私の病気症状の中で今が一番辛い。今後はもっと大変になるかも知れないが、痛みと痒みのダブルパンチには萎える。痛みは鎮痛剤で押さえて寝るが未明から全身が強烈に痒くなり、かき壊しが心配だった。早朝体操MSから帰る頃は全身が蚊に刺された様に腫れ、夢中でかきまくった。シャワーを浴びる前に松ちゃんに見てもらったが、蕁麻疹ではないという。今日のワクチン接種時に主治医に報告しようと考えたが、オーラ素肌美サロンで販売扱いしている「飲む美容液FX21」を100cc以上を飲んだ。肝機能効果が有ることは分かっていたが、一気に痒みと腫れは消えた。薬品ではないが古くから使われ多くの人に良い結果を出していた。160916▲入院中も飲むように置かれていたが飲まなかった。これは肝機能を改善するのに期待できる

外周コンクリート

3年前の経験から、私が健康だったら自分でしようとしていた事だった。自宅の前に現在は寮としては使っていない建物がある。一昨年は外装をリフォームしてスッキリしている。庭から見える部分は花壇やコンクリートになっているが、裏の2面はバラスが敷いてあるので草などが生えてしまう、3年前のサロン外周工事の経験で生コンを打とう考えていたが、今の体力ではとても無理、コンクリートは専門の土建屋さんに頼むが、下処理のバラス処分を朝ちゃんに頼んだ。朝ちゃんはサロン隣家のスーパーおじさんで車の修理は本業、菜園で果物や野菜を作り、本格的なブドウ棚もビジネスにしている160915▲ノンビリしているようだが働き者、サロンでもお願いする事が多い

今日の仕事

2回施してもらった気功的療法は、私の体に少し負担が大きいようだ。微熱がでて受けた部位が痛く体が動きにくい。早朝体操MSのスロージョギングも今日は1週だけにしてみた。通院では1年ぶりの内科検診を受けた。美人な中野先生が高良先生との相談で内視鏡による肝機能を上げる手術が出来ないかという問題だ。リスクも高くかなり難しそう。診察を終えて、相向かいの公民館で囲む会群馬県支部の会議、新支部長の選出、詩画公募展の出展、10月の熊本芦北町行きが議題になった。160914▲入選はともかく支部として3年連続出品しているので継続したい。

鳴門の激励

今日は三日と開けずに来た藤田先生のハガキに驚いた。徳島県の藤田先生は富弘美術館を囲む会徳島県支部の元支部長さんで、現役の教師の時は富弘さんの著作本や詩画を教室に持ち込み教材として使った最初の人だろうと言われている。しっかりとしたテーマがあることは強いことで、当時の教え子が今は3代目の支部長をしているほど、教育の中で影響を受けたようだ。初期から故富沢さんとは交流を深め、8年前は私も支部をまとめて鳴門詩画展へ行って歓待を受けた。160913▲富沢さんと私の病気を心配して月に2度以上の手紙で激励してくれる。7月からの手紙だけでも8枚あった

残念でもおいしい

9月に計画していた北アルプス槍ヶ岳古希記念登山は断念した。同行する予定だった宇都宮の平野ご夫妻は残念会と激励を兼ねて、来てくれた。忠子さんは手作りのデコレーションケーキを作り、ステーキを焼いてくれた。せっかくおいしい物を作ってくれたが、私は明らかに以前のように食べられなくて平野ご夫妻のステーキの食べ方を見て健康的で羨ましかった。ビールをグイグイ飲みながらもりもり食べるのは最早夢のようになっている。160912▲美味しい事、会うことが免疫力増強になる

リーディング

今の私の中には、はっきりと癌と立ち向かうために、放射線、抗癌剤以外の選択をしている。これは当初からそうしてきたが、手術不成立以後は丸山ワクチンと免疫力に期待をしてきたが、この一ヶ月のマイナス変化で感じたのは、世で言う「お助け婆さん的」神がかりへの期待感だ。マユツバものも多いだろうが幸運な出会いを求めている。昨日からは気功関係からも診てもらった。今日は興味しんしん7/30出の癌仲間、中島さんと東京へ行って来た。目的は玉愛あみ氏のリーディング(見解)を受けるためで、少時間ではあったが現状からのポジティブな進み方を示して貰った。160911 ▲初めてだったが今日の面接場所は帝国ホテルのラウンジを使った160911b▲急ぎ、群馬へ帰り大事な孫の誕生日にケーキを携えてテーブルに付きほっとした

すべて癌に関与した一日

慌ただしい一日だった。約束してあった郡山市の水野さん兄弟が午前から見舞いに来てくれた。サンウェーブ時代から50年来の親友で、私が若く金も無いときにも家中で招待してくれた。生まれて初めてハンバーグを食べたのも郡山市だった。電車で行って迎えに出てくれたのもこのお兄さんと一緒だった。思い出せば大変なお世話になっていた。楽しい時、辛い時に書いた手紙もすべて保管してあるというから驚きと同時に感謝だ。こう言う友のおかげで今の私があるのだ。午後は市民文化会館での講演を藤掛氏と聴いた。夕刻は中島さんと明日東京への打ち合わせ、5時に私が希望していたお助け○○さん的な人を招き初接見、一部エクソシスト的な手当を受けた。160910▲水野さんは18歳から10年毎の写真を用意してきた。

1000回

昨夜の痛み止めは良く効いた。昨日夕刻からの痛みでは今朝の大間々駅トイレ掃除1000回には出られないだろうと半ばあきらめていた。起床してもまだ、薬が効いているのか、すっかり元気になったような気がする。これは間違いなく気のせいで病状が軽くなったわけではない事を頭に置き、1000回トイレ掃除記念日に行った。普段は5、6人だが日本を美しくする会本部の指導員を含めて33名、狭いトイレは取材もあり、ごった返していた。160909▲1000回と言っても私の実質参加は100回くらいだろうか、昨夜の記念懇親会は体調不良で辞退した。

痛みを止める

マスター調子はどう?と聞かれると70%位かなと答えていた。これは正確な病状の進行度合いではなく、この1か月くらい毎日続く腹痛による気分の数値だ、多分、腹膜の細かい癌が成長し、圧迫し続ける重い痛みだった。だから食後は膨らんだ胃からも押され痛みは倍に感じる。痛みのため前かがみになり、顔は弱弱しくなり、食欲もなくなり、すべての活動は阻害される。今夜の痛みは更に強く床に入って2時間苦しんでいた。松ちゃんは痛み止め飲む?と提案してくれた。そうか、痛み止めを飲めばいいのだ。160908▲ほどなく痛みは治まり、ゆっくり眠ることができた。

そうだったのか!

太田に住む娘が以前に買ってくれたDVDを催促されて見てみた。内容は船瀬俊介の『抗がん剤で殺される』という過激なタイトルのDVDだが、素直に見ると成程と頷けることばかり、著者名を思い出した。サロンが開店した16年ほど前にオーラ化粧品の正当性を表現するために店頭に用意した本が船瀬氏の『買ってはいけない』だった。大企業などの製品作りに真っ向から異議を唱えるもので現在はパート10まで出ているようだ。160907▲貰ったDVDは勿論ユーチューブでも船瀬氏の講演が多数UPされて興味深い。

長老に学ぶ

92歳で早朝体操MSに来てくれる青柳さんも立派だが、82歳の石崎さんもマスターズ陸上で毎年凄い成績を残しているのもまた立派。マスターズ陸上は5歳刻みで競技するが石崎さんは100m.200m走で今回の大会もクラス優勝した。石崎さんより若年の方も走らずに歩く方が多いが、MSは心臓に負担のないスロージョギング、400m一周を3分かけて走っているので軽い汗を流してほしい。160906▲石崎さんの連覇を皆で祝福して撮影。

手本な人

アドレナリンやドーバミンが我が身からたっぷり出れば今のやや、重い気持ちも楽になるのだろう。そう感じたのは早朝体操MSに行くと「今年もさんまパーティーする?」と聞かれ、即OK!を出した。皆喜び、更に盛り上げようとなった。週末に、郡山の友人水野さんが兄弟で「顔を見に来る」と言ってきた。毎週手紙をくれる徳島の知人や孫から貰った手紙の返事も書こう。こう思うのが自己体内からのアドレナリンやドーパミンなどの物質を促すのかも知れない。だから、人は人からの刺激が良くも、悪くも働く。160904▲早朝体操MSの青柳さん(左から2人め)は92歳の誕生日を迎えた。元気に出てくるだけで皆さんの励みになっている。

♪♪♪苦労をかけるね~

オーラ素肌美サロンは月、火曜と連休になる。その連休前の夕方からサロンのガーデン大改造をしている。本来なら力仕事は私が中心になって進め、写真のように松ちゃんが一輪車を押したりすることはない、昨年の私の病気以来、私に頼れないと感じたのか、重い仕事もスタスタこなしてしまう。今年初めに大きく重い椅子を一人で小屋裏に運んだと聞いてビックリしたが、もはや俺など無用なほど松ちゃんは土方仕事が板に付いている。成るように成るもんだ。160903▲ただ、やっぱり松ちゃんに一輪車を使わせるのは忍びないね。

子猫イチゴが出産!

このブログにも一度登場し、7月の中頃に数日間飼った迷い猫は私が飼うことを反対し、太田の娘宅が引き取った。子猫かと思ったら既に1歳でなんと身籠っていた。あの小さな体で今日3日に4匹の子を出産した。わずか1年で親になり、4匹をすべてきれいになめ尽くし、母性本能を発揮している。4匹の子猫の行く先は真優ちゃん宅、S宅とほぼ決まったから一安心だが、この後は時期をみて直ぐに避妊手術をするだろう。かけがえのない大切な命、可愛がってほしい。160903▲生まれたばかりはカワイイも何もない。半月もするとカワイイ姿になる。

体を温めておく

癌は熱に弱い。と言う研究は古くからおこなわれているようで、あるいはし尽されている感がある。癌細胞は42.5度で死滅し始めるが、その部位にそれ以上の熱を安定して送り込むのはかなり危険が伴い、今は積極的な治療法には使われていない。ただ、体温を上げて置くのは一定の抑止力が期待できるので秋、冬に向かっては効果的だ。ベンチャーのアドメテックという会社は60度の熱で癌細胞を死滅させる療法をペットを中心に展開している。副作用が少なく期待したい。160902▲とにかく体を芯から温めてと娘が買ってきた赤外線治療器を就寝前にあてる。

同窓会も近し

来月初旬の第5回東中同窓会も気になる時期になった。あとひと月余りで開催する同窓会は、450名の同級生で約50人が参加の返信はがきを出してくれた。代表の大島も心配していたが50名いれば御の字だ。それにつけても返信で欠席の理由が書いてある内容のほとんどが「体調」の事であった。こうなると学年で行う同窓会はこれが最後で、あとは元気に残った人のグループ会になるだろう。私の仕事ももう一息、開催前に行う役員会の案内ハガキを作る事。50名ほどだから騒がず、静かに古希を迎えられた事を祝おう。160901▲一定の出席者数を確認でき一安心の大島(日盛堂にて)

台風一過のエネルギー

台風11号が去り、早朝体操MSもさわやかだった。桐生タイムス紙も朝から取材に来て、陸上競技場で体操する私たちがその日のタイムス紙に載った。運動が終わって家に帰っても体調の爽やかさが持続していたので、先般から気になっている伸び放題のサツキ植込みや芝を、松ちゃんや君ちゃんがやることになっていたが、少しの気合を入れて自分でやってみた。要は短時間勝負だと決め、仕上がりの良し悪しは無視して目標を達成。160831▲こまめに休み、水分をとりながら成功。

定番

なかなか使い込んだものは手放しがたく、如何したものかと考えていた。10年来使っている小脇に抱えるハンドバッグは大きさ、色合い、使い勝手といいので、壊れたメインファスナーの交換が出来ないか洋服直し屋へ持ち込んでみた。バッグを一旦分解してから交換するので1か月、費用は1万円以上と言われた。諦めて10数年前に買った店に行ってみたらロングセラーの定番らしく新品が修理代の2倍で買えた。古いものを直して大事に使うも良いが、ほとんどの場合新品を買ってしまった方が結果良かった事になってしまう。160830▲これでまた10年使える?\(^o^)/

痩せてはいかん

今朝の体重52kg、これまでの最低体重で、名古屋大学病院の時でもここまでは下がらなかった。体重減少のサイクルが回ってしまったようで不安、汗をかいてビールを飲みながらモリモリ食べるイメージにつながらない。腹膜の腹水が溜まっているのか、腹膜播種といって胆管癌から浸潤して大きく成った現象、。正に私の今の自覚症状にピタリ当てはまっているのである。だから膨満感などで圧迫され腹部の痛みを感じたり食欲もなくなる。とはいえ食わねば体力負けしてしまうのは間違いない。この半月は軽く済ませていた夕食をカロリーの高い外食にして対抗エネルギーの補強をした。160829▲食べるが勝ち、となればいいが

語り合う嬉しさ

私が結婚した時は稲川さんはまだ高校生だった。そんな頃から親子揃ってのお客様だった。大学を出て職が決まらない頃は、私と一緒にラジコン飛行機に夢中になった。市役所へ入り、部長職まで上り詰め、今は定年後のセカンドライフをエンジョイしている。お父さんも世話好きな方で写真に興味があった頃はカメラを教えてくれた。お母さんは私の子たちも可愛がってくれ、晩年は定期的にサロンへ来て松ちゃんと一緒に昼食をするのが楽しみだった。共に今はいなく、稲川さんと共通する話題が互いの癌の話になった。ヘアーズには来店するが昔のようにじっくり話をするのは久しぶりだった。奥さんのななちゃんのお父さん、谷さんも懐かしい。ハンサムでカッコ良かったな160828▲俺達もそんな風に懐かしがって貰える時が来るだろうか

明治館で偲ぶ

19日の富沢氏の告別式に電子ピアノの演奏があった。喪主が用意したものでなく、式場が用意したものでもない。奏者は稲田志保子さんで、桐生市明治館喫茶室で10年以上前から毎月ライブをしていた。私も何度か行った事があるが、富沢氏はそこで稲田さんの電子ピアノを聞きながら飲むコーヒーが好きで長い間のファンのようだ。稲田さんは富沢氏の告別式に演奏する事を申し出て、富沢氏のお気に入りであるスメタナのモルダウを演奏してくれた。160827▲お礼に訪れた均さん夫婦や大沢さんなど、他にも富沢氏の知り合い10名ほどの今日のミニライブで富澤氏を偲んだ(明治館で)

奮い立たせる事も大事

体調のレベルを数値で表現すると70%か、この3週間ほどは明らかに体力が落ちている。私の病気の場合、残された方法は科学療法(抗癌剤)と免疫療法。実際にやっているのは、免疫療法の丸山ワクチンと免疫を高めるサプリなどの他に、気力から生み出す自前の免疫力。しかし毎日軽く気怠いが、気怠さに負けては本当の病人になってしまいそうで、奮い立たせて大間々トイレ掃除にも来た。160826▲来月9日に1000回記念があるので出席回数の少ない私は9日の布石のための参加

自然故障

久々のPCインターネットトラブル、23日の台風9号の影響で大雨と落雷があった。その夕刻から自宅のPCインターネットが接続できなくなった。NTTのモデムを点検しリセットし直してみたが改善されないのでNTTに連絡した。サービススタッフが来て点検するとモデムは正常、すると私が考えていた落雷ではないのか。原因は数年前に長男が自宅で無線LAN経由でノートPCを使うというので、私のPCの前に無線ランを挟み込んだ。その無線ルーターの故障で私のPCに信号が届かないと言う結果がわかった。出張料7,500円+税の仕事はここまで、その後は私が無線ルーターを取り除く作業をし、コードセットアップした。160825▲机の裏はジャングル配線、使用していない無線ルーターなどがなくなり少しすっきり

新メンバー募集

六時台の東武新桐生駅はまだ人影がまばら、前野さん率いる「桐生を日本で一番きれいな街にする会」は毎週水曜に新桐生駅とJR桐生駅トイレを交互に清掃する。私が5分前に着いた時には前野代表は既に周辺のゴミ拾いを始めていた。事務機屋の高柳さん、市議の飯島さん、鉄工所の根岸さん、大間々から助っ人の中澤さんが集い、汗をかきながら充実した心磨きをした。160824▲市議の飯島さんはマメにフェイスブックに投稿し参加を呼び掛けている。

聖生館長

15日に亡くなった富沢氏の葬儀には富弘美術館館長聖生氏は早くから美術館サイドとしての対応をしてくれた。4代目の館長は富弘さんとは幼馴染の間柄で以前から富沢氏は、うってつけの人材と注視していた。11年に就任して以来5年目になるが、マスメディア出身と言うこともあり、外交力も期待できそう。何より富弘さんとの親友であるから、忌憚のない相談もできるのが最大の強み。160823▲美術館に届けられた富沢氏宛の文書などを群馬県支部を通して託されていった。

槍ヶ岳計画を断念す

大型台風9号の関東接近に伴い、ほぼ終日荒れた天候で外には出にくかった。それでも丸山ワクチン接種日なので小雨時を見極め、厚生病院へ行った。やはり台風の影響で外来患者は少なく、私の通う注射室の廊下は人気がなかった。病状に多少の変化はあるのだが、書き込み用紙には変化ナシとしておいた。実際の体力は7割程度だろうか、9月に計画してある北アルプス槍ヶ岳行きな無理だろうと判断した160822▲24日の血液検査、26日の診断はどうなるだろう

体力テスト

血液検査の通り、私の体調は充分ではない。食欲と体重の低下、軽度ではあるが、黄疸症状による疲労感、異様な軽い腹部痛などがこの20日間程の生活を不快にしている。気力も大事と、朝食後はベランダ掃除、皐月の刈り込みを正午過ぎまでやってみた。5キロマイナスの体力はこうなのかと思い知った。充分に疲れたので片付けはやめて松ちゃんに頼んだ。トリマーや電気コードも仕舞う気力もなく日陰で休憩して引き上げた160821▲この後は本来なら私が全てを始末してから終了にするが松ちゃんにバトンタッ

8月 折々のことば

地元紙、桐生タイムスには隔週で桐生と近郊の著名な方の言葉を掲載している。殆どの場合、ご逝去された方の言葉であるから膨大な資料がストックしてあるのだろう。富澤氏の昨日の告別式の日にタイムリーに掲載された。「まず、人の命でしょう」1970年代の交通事故多発が社会問題になり桐生市でも交通事故撲滅運動が展開され、その陣頭指揮をとったのが当時の富澤課長。インタビューで富澤氏は街から車を締め出すのではなく、共存しながら安全な策を講じたいと。160820▲富澤氏にも私にもラッキーな出稿、さすがM記者

やっぱり、寂しい

昨夜は遅くまで掛かって富澤氏への弔辞を仕上げた。弔辞を書くのは初めてで、私は喪主の均さんと話し合って買って出た。多くの葬儀で身近な知人友人が弔辞を読み上げる葬儀が少なくなったような気がする。富澤さん程の方なら2~3人が自主的に弔辞をあげてくれる物かと思うが、なかなかそうは行かないようだ。原因の第一は同年のお友達が既に他界している事もあろう。私では力不足は承知で、弔辞のない葬儀で富澤さんを送り出す訳には行かない、との想いからペンを握った。160819▲私も二輪の花を手向けて富澤さんと分かれてきた。

遠路駆けつける

昨日は親戚の葬儀を松ちゃんと手分けして対応した。今日明日の富澤氏の葬儀は、富弘美術館関係者らが多く関わるので、私が連絡のハブ的役割になり、日程表を作って動いた。連休中に溜まってしまった通販の出荷は夕方までかかってしまったが、富澤氏の通夜の時間前に、熊本県芦北町からのお客様を迎えに行くのも日程表の一部、シャワーを浴びて正装し向かってセーフ。160818▲熊本県芦北町からは通夜、告別式に参列のため竹浦教育長が遠路を来て頂き感謝でいっぱいだった。

がんばるNippon

5日間休んだサロンを明日から開けるが、ここに来て親戚の葬儀と富澤氏の葬儀が連続するので開店営業もままならない。私の病状もややマイナス傾向で疲れやすく感じる。そんな日常とは全く別の世界でオリンピックが行われている。疲労、2つの葬儀と気の重くなる事ばかりだが、幸い日本の選手は多くのメダルを獲得して頑張っている。とりわけ卓球女子団体はメダルが取れたので愛ちゃんも一安心だろう。それにつけても、男子卓球の水谷隼はスゴイ!朝からTVの前に釘付けになってしまった。160817▲日本の選手団、励みになるよ、ありがとう。

送り盆

毎年思うことだが、正月やお盆はどうしてこんなに忙しいのだろう。正月は年始を辞めればいい、お盆も親戚などの焼香廻りや挨拶を辞めればいい、と思うがこれ等の行事から縁が切れない。松ちゃんとのオーラ素肌美サロンは13日から17日までの5日間を連休にしたが、一息着く間もないほど、しなくてはならない事がびっしり埋まる。お盆迎え、供養念仏、焼香廻り、送り盆と続き、特に昨日は富澤氏が亡くなったので、その後の対応にも時間が必要だった。160816▲16日は送り盆、大善寺では施餓鬼会が午後の4時、今年は松美と3人だけで墓参りをした。

人生の師の訃報

私が人生の師としていた富澤繁司さんが亡くなった。90歳。40年来の交流の中で私は多くを体験させてもらい、学ばせて貰った。富澤さんは桐生市役所の生え抜きで、三役である収入役まで上り詰めた人、そんな重職でありながら、職場はもちろん周囲への平らな気持ちは変わらなかった。現役を退いた60歳代からは登山の他に主に富弘美術館に関わるボランティア活動、ネパールで活躍するOKバジの後方支援を創設など幾つものサークルを立ち上げ、同時に私を引き込んだ。それらがあったから沢山の人と面識をもち、日本中に友達もできた。もしかしたら私は富澤さんと相性が良かったので沢山の仕事ができたのかも知れない。夕刻、大沢ご夫妻と一緒に自宅に面会した。寂しくて仕方なかった。160815▲今日は病院がやけに空いていたのは、お盆だからだろうと思った。ほぼ毎日、富澤さんの病室に行ってみた。今日行った時は既に自宅へ帰られていた後だった。

旧西中校庭で

先週に続いてモーニングスイート定休日の今日は、場所を変えて1時間程の散歩をした。永楽町にはラジコン師匠の鈴木こめやさんの他に市役所や税務署、更には警察署もあった時代も私には懐かしい。建物はすべて現在のそれと比べると十分の一程だったろうか、中学2年で50CCバイクが乗れる許可証も小さな警察署で受け取った。アルバイト先にあるバイクを練習するために夜の西中学校の校庭を使った記憶が蘇った。今は小中学校の統廃合で西中は消えたが、少し荒れた校庭が懐かしかった。160814▲荒れた校庭で中高年のソフトボールが行われていた

写真家斎藤利江さん

10年以上前、錦町のカメラ店アサヒ堂で開かれていた写真展を見て感動した。1938年生まれの斎藤利江さんが、まだ10代の昭和30年代に撮ったモノクロームの写真は同時に刊行された著作本「あの日、あの時、あの笑顔」にも公開しているが、ちょうど私達が小学生のガキの頃の日常風景を女子校生が切り取ったもの。当時10代で写真家を目指したのは珍しいだろうが父に反対され膨大なネガは処分された。斎藤さんの還暦を機に父の遺品などを整理したら「利江のネガ」と書かれた箱が発見され陽の目を見る。プロの写真家なんておこがましいけど、こんな写真が本当に好きなんだよ、と斎藤さん。最初の写真展をきっかけに囲む会やOKバジの事などの繋がりもできた。宮元町のオマドーンという家カフェギャラリーで未公開の作品を展示しているので見てきた。160813▲撮影時の想い出などを聞くと世代がほぼ同じなのでグイグイ昭和30年に戻って少年少女の世界になる(オマドーンにて)

猫について

このブログに我が家の猫の事を書くが、共に生活していると書かないわけには行かない程の事がある。7年前まで飼っていたミミちゃんという猫は、家の中には入れず外に小屋を作って十数年飼っていた。その時は松ちゃんが動物を家の中に入れるのが嫌だっただけの事で、数年前のある時、家の中で飼いたいと勝手に考えが変わっただけの事である。私はどちらでも良かったが複数匹飼うのは嫌だった。それも簡単に押し切られ、現在の4匹になったが、流石に先月の5匹目は反対した。1匹の増加など同じようなものかも知れないが、家の中で飼うことになると外猫とは比べようもなく手間がかかる。それが私の反対の理由だった。160812▲その他に自室でPC作業をしている時、新聞を読んでいる時にこんな妨害もある

「山の日」に幸あれ

容態が安定しないT氏の事が気になる。ワクチン接種日以外にも顔を見に行くが、ご本人も大変な様子だ。10日は他の医療施設に移動計画があったが、今はそれも難しい状況になった。元気なら今日は制定されて初めての祝日、「山の日」を心から祝っただろう。あるいは記念に近くの山へ登って皆で乾杯をしただろう。これまでも山を知らなかった多くの人に山の魅力を知らしめたのも懐かしい160811▲山の日か、私もしばらく山へいっていないな、山のエネルギーを頂いて来よう。山の日に幸あれ。(T氏の病室)

草を刈って町中スッキリ、だけど

先月は、桐生大橋の手前分離帯に雑木が生えて見苦しかったので、市役所へお願いして刈り取ってもらい市外からの入り口もすっきりした。この写真はどうだろう。オーラサロン近くの土地高低差があるための土手だが、その土手と歩道を業者さんが草払いをしていた。歩道と車道の間に縁石あるが、車道の草は残してある。縦割りのため管理する部門が違うのか、きれいに?車道側の草は残してある160810▲もう少しなんだけどね。サービスかボランティア的に何とかならない?

秋の同窓会へ案内

第5回昭和36年度東中同窓会の、同窓生向け案内往復ハガキをプリントした。住所や旧姓の再確認をして、挨拶文も代表の大島と調整した。9クラスの同窓生444名、そのうち物故者はもちろんだが前回4回目までに返信のなかった同級生には案内を出さない事に決めた。それでも289名の往復はがきを仕上げるのは3時間と疲れた。明日、大島が投函の予定160809▲70歳の喜寿ともなると、この中から三分の一の100名出席は無理だろうか

天皇陛下のきもち

ほぼ、イメージは見えるが今日の午後3時は天皇陛下が現状のお気持ちを述べるという極めて異例な日で、事前に報道された様に天皇の生前退位という聞きなれない言葉は、あっという間に日本中の話題となった。多くの人が高齢である天皇の気持ちを汲んだ意見だが、午後3時ぴったりに始まった天皇陛下のVTRは丁寧で優しい言葉使いで気持ちを述べられた。また、想像するととんでもない量の公務をこなしておられた事も感じられた。160808▲政府はこの問題を多くの民意をくみ取りいい方向に決着してほしい

夢のある製品作りを

モーニングスイートが定休の日曜日、家の中のトレーニングでは気が晴れないので散歩をした。日曜の朝は静かだ。相生2丁目から5丁目方面を1時間かけて廻ってきた。途中のサンウェーブ工業は数年前から(株)リクシル・サンウェーブ製作所桐生工場となっていた。私が中学を卒業して就職したこの工場はまだ建設半ばで完成した時は、大きな建屋はライトグリーン、敷地内は緑が豊かで公園のようにきれいだった。もちろん私の入っていた独身寮も真新しく、きれいな製品はきれいな工場から出来るのだと感じていた。写真は北側の一部を道路から見たものだが、コレを見る限り夢のある製品を作っている工場には見えないほど古びてしまった。160807▲古くてもいいが、建屋の塗装、周囲の積荷が乱雑で爽やかではない。

隣の敷地です

とにかく土いじりが好きなのだと思う。勿論サロンの庭はお客様が見るからきれいにして置く必要があるが、今、弥生さんと二人で作業している場所はサロンに隣接するY家の敷地である。もう何年もこうしてサロンの庭から見えるところは許可をもらって草刈りをし、庭木も整えている。確かにサロンの庭の背景になるから大事な場所、Y家は草刈りの必要がなければ放置するから身の丈の草場になってしまう。160806▲とにかく好きだから助かる。マスターやっておいてと言われたら、やだもんね

愛情1本!

別に愛情付きで松ちゃんが買ってくるわけではない。コマーシャルの歯切れがいい。この手の栄養ドリンクは買ってまで飲むことは無かったがサプリばかりより人工的な滋養も補給しておこうかと考えて選んだ。一番有名なファイト~いっぱ~つは力が出過ぎてしまうようで病人には向かない。思い出すが、中学3年で薬局にアルバイトした頃に初めて内服液タイプの栄養剤が出た。その頃は20mlのガラスアンプルで慣れない人には開けることが出来なかった。160805▲その数年後、やはりアンプル入りのリポビタン内服液が一気に100mlのスクリューキャップボトルにしたのが最初

感処良さそう

我が孫の自慢話だが、やはり素質があると思う。先月先輩の天沼君に手解きうけ、ぎこちなかったが今日は2回目、前回のデータを見ながら80%くらいの仕上がりまで行ったようだ。仕上げは天沼君が全てチェックして仕上げたが入店1年未満としては立派。技術教育は受手の心構えも大事、指導する側の力もマッチしなくては成さない。技術や勉強は若いうちにどんどん取り入れ吸収すれば一生の得策160804▲孫に調髪してもらえる幸福

せめて空元気

実際に今朝の血液検査の結果にも「芳しくない」との評価がでた。とりあえず退院にはなったが活力のないのを感じる。症状にも少し出ているが数値で示されると情けないが落ち込むし、すっかり病人になってしまったような気分。気持ちを奮い立たせてサロンへ出勤、やらなくてはならない仕事は待っているが今日は特に体が重い。なんとか明るい気分を作って打破したい。160803▲荒井先生から「興味しんしん2007年版」、マレーシア在住の知人からOKバジの絵本を作るためのサンプル的豆本も届いた。2冊をかかえてカラ元気のポーズ

1日入院

このメニューを見ると通常の私の食事は病気にとって負担なのだろうか、と考えてしまうほど質素。今日は5月28日以来のドレナージを交換のため1日入院。処置を終わって出された夕食がお馴染みのコレ、もちろん病院食だからそれなりのバランスは取れているのだろうが、暫く食べていない病院食は、はっきり言って味っけ無くて飲み込むのに苦労した。午後のドレナージ交換処置で先生は難し顔をしていた。ここ2回の診察でも癌マーカが上昇しているためドレナージに影響しているからだ。今後どうするか。160802▲点滴用ドレンなどが付いているためストレスでよく眠れない一夜を過ごした

イトヤーノ

10日前の体調不良は脱して、体調は良いような感じがする。勿論、先日の血液検査などでは『そうでもないよ』言っているが、やる事、やりたい事が沢山あって気にもしていられない。今、ひとつ問題は同じボランティアの関係者にメールは「夜出さないで」と変な注文をされている。メールとは254時間いつでも出せて、受けた人は見たい時に見る。というのが習わしだし、生電話では無いので迷惑にはならない訳だ。仕事のしにくい相手になった。昼食はパスタでも食べたいと思って居たところに娘宅から昼食をごちそうしてくれると電話。160801▲行ってみたところは桐生の末広通りと糸や通りの交叉する所、店名はイタリア料理イトヤーノ、その昔、天狗食堂として結婚前は何度か使った店

収納TV

寝室兼書斎的な私の部屋にはTVを置いてない。キッチンのTVがあれば事足りていた事もあるが2011年の3.11ではさすがに情報が欲しくて古いTVを自室に置いた。その後TVは地上デジタル波に変わったので古いTVでは見られなくなった。大した不便は無いが最近、疲れるので自室で過ごす時間が増えた。情報の取り方はいくらもあるがドキュメント的な番組は見たいと思い小さなTVを置くことにした。適当な置き場所がなく、私の書棚の側面にモニターアームを取り付けてTVの方向を180度回転できるように取りつけた。160802▲自分の椅子で見るときはこのように、不要の時はたたんで書棚の側面に収納

情報交換

スキー、スノボ、ゴルフはプロ級。素人から始めた陶芸も商売にしちゃう、更には革細工でバック作りで一儲けと、何をやっても器用な人。ところがそんな器用な人にも癌は訪れてくる。闘病は私より遥かに長く6年以上のキャリア、情報の集め方がうまくて、癌を封じてきた。私の場合はだだの楽観癖だが、中島さんは徹底的に研究もし、貪欲に情報を集めるタイプ。私が受けている丸山ワクチンにも興味が有るようで奥様と立ち寄ってくれた。それにしても中島さんが体験したリュウドウ先生の神通力的な力は何なのだろう。私も体験したかったが今年になって他界してしまったと言う。160730▲いずれにしろ共通して感じることは、明るいニュースを取り入れ、気分を高揚させることが何よりの免疫力のようだ。

1年分3500まんえん

私の重篤な病気、肝門部胆管癌が見つかってから8ヶ月が過ぎた。今年1月に名古屋大学での手術は腹膜への転移が多すぎて途中断念した。その後は桐生厚生で治療にあたっているが、胆汁ドレナージ処置と私が選択した丸山ワクチンのみで、なんとか払える医療費だ。2週間前の検査で状況が思わしくないので、主治医は「今後は抗癌剤も視野に入れましょう」と言った。私は乗り気ではないが、今日の新聞記事を見てビックリした。私に使える抗癌剤ではないが肺がん、皮膚癌向けの新薬オプジーボは1年間投与すると3500万円掛かるという。もちろん高額医療制度があり、実際に患者が払うのは5%以下の130万円ほど、95%の巨額を国民の税金で払うとなると、こりゃあ問題だ。160729▲これでは医療保険が破綻してしまう。厚労省は薬価の引き下げや使用料の抑制をすすめるようだ

貝印KKの氷カキ機

夏のごちそう、かき氷。松ちゃんは無類にかき氷が好きで以前も通販で5000円ほどの物を買って見たがコツが必要だった。先月、新聞の経済欄に貝印の氷カキが発売されると記事になっていた。写真で見る限り一般家庭用としては堅牢で実力がありそうだった。直接貝印のサイトから注文して、来たものは期待外れの出来だった。価格は16000円だから電動でないにしてもカチッして、さすが刃物メーカーと唸りたかったが出来具合はお粗末。160728a▲刃物メーカーとしての貝印プランドを信頼したが残念。

大橋の分離帯に木が

渡良瀬川に架かる桐生大橋は、ひとつ下流の錦桜橋と並んで市街から入ってくる代表的な橋だと思う。その大橋の西側から市街地へ向かう分離帯の植込みが雑草などで見苦しい。そればかりか河原のネムノ木が2m以上の背丈で生えて茂っている。街路樹ならともかく、分離帯にこぼれて生えた木は余りに景観が悪く市民として恥ずかしい。それぞれの街に立派な幹線道路が出来たが草ボウボウは何とかならないか。160727▲ボランティアで刈ってやりたいものの交通量が多くて素人には危険

日焼け

学生達も夏休みが始まった。早朝体操モーニングスイートから帰って車庫で一休みしていると道路の向かい側に女子高校生らしきが、自転車のカゴから出したものをおもむろに顔や腕に塗っている。待ち合わせていたようで、近所の女子高校生がもう一人出てきて同じように塗り始めた。これから部活動だろうか高校野球の応援だろうか、数年前はガングロなどと変なものが流行ったが、女の子はやっぱり色白が一番。160726a  ▲昨今紫外線が異常に強いからね。ただ、日焼け止めクリームも毎日使うと怖いよ。

夏カレー

確かに今は少し気が滅入っている。文化人では永六輔さんなどが亡くなり、昨日は矢野先生の偲ぶ会だった。富澤氏を見舞うがなかなか今までのような元気な顔が見られない。私も体調がやや疲れ気味で、病院へ体の痒さを申告したら軽い黄疸症状らしいと言われた。そこで食欲減退の今、少し辛いカレーを作ってみた。レシピは日本最大のレシピサイト「クックパッド」から、夏カレーと検索すると、なんと桐生市学校給食レシピが検索数トップに上がっていた。何かと寂しい桐生市は景気も悪いし各施設の箱物もすべて古びてしまったが、意外なところで一番を取っていた。

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▲通常の肉、じゃが芋、人参、玉ねぎの他にナス、かぼちゃ、パプリカ、シシトウなどを入れ辛口仕上げ

寒っ!

いや、めちゃくちゃ寒くて参った。みどり市大間々の希望の家療育病院元理事長の矢野亨先生の偲ぶ会に参列した。先生とは数年前までやっていた真向法体操でご一緒になり、私が総合司会をした真向法群馬県大会では基調講演もして頂いた。その後は公式な席で何度かご挨拶をしたが1年以上お会いしていなかった。偲ぶ会の案内では生花、香典などは受け取らない、平服でご参加下さい。とあったので私は時間いっぱいまで仕事をして、白いシャツだったので、そのまま出かけた。殆どの参列者は礼服を着ていた。式場は新築らしくエアコンがびんびん効いて半袖の私は震え上がった。

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▲偲ぶ会とは初めてだったが、平服といっても礼服を着るのね。あ~寒かった。😢

とても快調!

一時はとても心配した富澤氏の病状も、小康状態が保たれているので一安心。ご飯やおかゆが食べられなくても果物や好みの物が食べられれば元気にはなる。一昨日ほどの食欲は無いようだが、私が見舞った時はスイカを食べながら相撲放送を見ていた。心なしか会話の数も増えて、付き添っている奥さんとの会話も成り立つだろう。それにしても凄い体力で、息子の均さんがベットでの介助をするにも重くて大変だと言っていた。それだけ骨格もしっかりしているのだろう。

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▲私が来て、まもなく明治館の演奏会が終わって、大沢さんと今泉さんが来た。富澤氏の表情が緩んで2人も安心顔。

まもなく1000回へ

大間々のトイレ清掃には2か月以上も来ていなかっただろうか。和式の便器が全て洋式に替わっていたので「おーっ」と言ったら暫く来ていなかった事がバレてしまった。生活様式が変わり、今は膝を折る和式便器にしゃがみ込めない人もいて時代なのだろう。また、今日は上毛新聞社が取材に来ており松崎さんは「山岸さんは目立つ時に来るね」とラッキーぶりを褒められた。これからも月に一回は大間々駅と桐生駅清掃の出席をクリアしたい。160722▲9月9日は1000回目を迎える大間々駅清掃の面々。

旧市内のいい店

俳句に熱中している金子氏とSと3人でトンカツを食べてきた。月に一度くらい食べるトンカツは好きだ。小さな個人店に行きたいが仕事を済ませて夕食に行くには個人店は閉店が早いからファミレス的な大きな店になってしまう。金子氏おすすめの糸屋通り裏の『きよた』へ行った。桐生市が全盛の頃、この界隈は桐生の花柳界の地で、私も中学生の時のアルバイト先がこの近くだったので、昼から三味線の音が聞こえるいなせなところと記憶している。NHK-TV『ブラタモリ』のごとくゆっくり歩けば楽しめそうなところ。

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▲きよたのトンカツはもちろん美味かったし何よりファミレスの喧騒はない

買い替えが得か

なまじ庭などあると夏は忙しくなる。手入れの場所は我が家とサロンが2ヶ所で、目の届きにくい太田店の庭は、私は今夏になってから行ってないので荒れているようだ。芝の手入れのためエンジン芝刈機をおいてあるが、島田氏に10年ほど前に譲って貰ったもので寿命も考えられる。私が太田店の手入れに行かないため松ちゃんの友達がボランティアで働いてくれるが、その芝刈機がいよいよ動かなくなった。ホームセンターに運んでもらい修理の依頼をしたが、考えられる交換ヶ所からすると4万以上掛かりそうだ。修理費はPC関連でも高いのが定説。

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▲この芝刈機も事実上、買い替えたほうが安いかもしれない。

らっきょう酢+梅

この数年、松ちゃんが得意とする梅の甘露煮は、時間と労力が大変なので2鍋しか作らないが、この酢漬けの梅なら干すだけで済むらしい。昨年、初めて作って見たらっきょう酢の漬け梅は、塩辛くないので家族に評判がよく一気になくなった。今年は昨年の倍量を漬けて干したが梅雨時なのでタイミングが難しい。数回、庭のテーブルなどに干して一度は夕立に遭い、松ちゃんはがっかりしながら漬け直しをしていた。この梅の手間は干すことで、取り込みは私が出勤前か早めの帰宅をして取り込むことにした。親がいた時は良かったな。

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▲良い食べのは手間がかかる仕組みになってる

パラグラ、今週は行かない

もしかしたら、今日はパラグライダー日和かもしれない。梅雨時の天候は不安定でパラスクールまでの往復時間を考えると無駄に時間を使いたくない気がする。そもそもパラグライダーとは風を相手のエアスポーツだから、サーフィンがいい波を待つのと同じように天候、風向などを熟知することも必要だ。まあ、今はそこへの気力が回らないので、いい天気だが行かない事にした。それに手紙への返事が溜まってしまい、これも出さないと遊びに出られない事情がある。

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▲今朝のMS終了後のマックミーティングは3名しかいないので隣のガストでモーニングサービスミーティングに変更。

所見

天候は良くないのでパラグライダーへは行く気がしない。行く気がしないもう一つの原因は13日に撮影したCTの結果を、15日の診察日に主治医の高良先生から説明を受けたことが気になっているのだ。これまでは症状が横ばいで丸山ワクチンの効果を期待して他は考えていないが、先生は”次”を考えて置く必要もあるという。なので2日ほど気分は乗らない。桐生市文化会館とその近くの市民ギャラリーで2つの絵画展をしているので気分転換にSと見てきた。ワタセセイゾウ風だねとSが言った野沢和義さんの作品はこの中でも秀作だと思った。来春の個展を見にゆこう。

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▲野沢和義さんの「静かな語らい」 桐生市市民ギャラリーで今日まで。

 

錬太郎夏の大会

中学生の部活動は夏が終了の時期らしい。前橋に住むGC3錬太郎は中3で剣道部最後の公式試合が今日と明日行われる。2日間連続の見物は疲れるので今日の団体戦だけを応援にいった。会場は前橋市宮城体育館、これらの施設を見るたびに桐生市の施設の古さと傷みを感じる。応援には両親の他に早苗ちゃんのおばさんご夫婦が葛生町からも来てくれた。錬太郎の前橋荒砥中学校は残念ながら県大会の出場をのがしたが、明日は個人戦での希望もある。体育館内での昼食は葛生のおばさんご夫婦と一緒で、しばらくぶりの話も楽しかった

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▲錬太郎は引分が2回、いま一息なんだけどね。

暫定飼い主へ

この猫については松ちゃんとやや論争があった。松ちゃんは唯、可哀想だから、可愛いからと他の4匹同様に飼うつもりだったろう、私は当初から反対した。捨て猫など放置されている猫を見たら全て我が家で保護したらとんでもないことになる。私は猫の事での世話が負担になるので現在の4匹以上は飼わないと決めているし、むやみに他の猫にエサを与えないようにも言っていた。結局、太田市の娘宅で引き取ることになったが元の飼い主もきっと悲しい思いで探している事だろう。可愛がっていた猫が行方不明になったら私だって昼夜を問わず探し歩く事だろう。飼い主の事を考えるとイマイチすっきりしない。

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▲名前も分からずのまま4日ほどを我が家で過ごしたが子猫にとってもどんな気持ちだったろうか。

ゲリラ豪雨?

これで梅雨が明けるだろうと思うほど、午後に強烈な雨と雷がきた。PC作業をしていたので電源を落として待つとブレーカが落ちサロンは停電状態。落雷にはこの数年、エアコンや電動チェアなど高額な機器が壊され仕事に差し支えがでた。総合保険で対応できたが休業になるのはまずい。危険と思われるプラグは全て抜いて雷の行くのを待った。
この時期はサロンを退店するときに面倒でも主な電源プラグな抜くことにしよう。

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▲サロン前の道路は100m以上に渡って冠水し、深いところは20センチにもなる

困った問題

私も確かに猫は好きだが食べない(^^♪。それに現在は家の中に4匹が同居しているが私はリミットであると松ちゃんに伝えてある。ところが10日ほど前から庭に小ぶりな猫が出現し、ヘアーズのスタッフや松ちゃんは可愛いと言いながらエサを与えてしまったらしい。私は我が家ではこれ以上飼わないのでエサを与えないように言ったが、私の考えと反対方向に進めているらしい。野良猫でないのはハッキリしているので良い方法は飼い主に戻すこと。その前にエサを与えなければ飼い主の所へ帰るはずである。人懐こい、可愛いでエサを与えるのは行方不明になってしまった愛猫を探す飼い主には全く迷惑な事なのだ。

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▲可愛いが、我が家の猫たちも私と同じように対応に苦慮している。

強靭な体力

私が人生の師と仰ぐ富澤氏が何度もの手術に耐えている。今抱えている病は私のモノに近いが治療方法はかなり違う。一部分の人工臓器が機能しなくなり、その度に小手術を行う。小手術と言っても高齢の富澤氏にはかなりの負担で、数回を繰り返している。それ以前にも大動脈瘤などの大きな手術も経験し、その度に復活を果たしてきた。とにかく強靭な体力の持ち主で若いころは谷川岳で滑落事故をに遭いながらも翌日は出勤というトンデモない体力である。今は微熱が出て昨日は元気なく声も出なかったが今日は復活を感じられた。

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▲さらに今日は私にガッツポーズまで見せてくれた(長女の由紀子さんと)。

永六輔さん

永六輔さんが亡くなった。私の世代はラジオに親しむ事が多かったし、何と言っても青春時代に聞いた、歌った「上を向いて歩こう」「黒い花びら」など。個性が強くラジオでのトークも私は好きだったし考察、視点がユニークで粋でもあった。55年前の中学卒業式には担任の松永先生が教室に戻ってから君たちに贈ると言って「上を向いて歩こう」を歌ってくれた。特に中卒の私には大きなエールに聞こえた。                          私の聞いたいエピソード、十数年前に桐生市郊外の中学体育館で行われた講演会、始まる前に前列中央が空いているので永さんが尋ねると「来賓者席」との事、永さんは僕の話を聞きたい人を座らせたい。来賓者は一番うしろと言い放ったそうだ。確かにそうだが気骨がないと言えない勇気。

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▲永六輔の本もレコードも一度も買ったことはなかったが大ファンではあった。

無言館

野県上田市郊外にある美術館「無言館」へ行ってきた。1周間ほど前にSが誘ってくれたのでサロン営業日だが調整して行って来たが正に無言になる。一緒に行った宮田氏、金子氏は既に来館歴があるようで、行きの車内で概要を説明してくれた。太平洋戦争当時、志半ばで想いを残して出征していった若い画学生や画家の作品の多くが遺族のもとで保管されていたのを信濃デッサン館の窪島誠一郎さんが遺族を探し、作品を集めて展示してある。私もここで多くを語らないが充分に行ってみる価値あり。

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▲小さな美術館で展示しきれず少し離れて別館もある、両館を見るのに最低2時間はほしい。

熊本支援のひとつ

星野富弘さんとは全く別のカタチの詩と絵を描いて成功している熊本の大野勝彦さん。大きなトラクタを使う大きな農家をしていて両手を失う大怪我をしながら3日後には詩を書き始めたという強靭な精神力の人、45歳のその時からの大きな転機をユーモアや悲哀をこめて、更に下ネタも付け加えて話す人生講話は特にご婦人方に評判だ。作風には好みが別れるところだが10冊近くの著書も今日、みどり市大間々町ながめ余興場で開催された講演会ではサイン付きの本が飛ぶように売れた。

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▲熊本県南阿蘇のご本にの美術館も熊本地震の被害で休館状態。

救急外来室前

私の癌治療は一般のサプリの他は丸山ワクチンの接種(1cc皮下注射)のみで重篤という割には極めて簡素な手段しかとっていない。それが現在は良い方向に向いていると思う。現にこの「興味しんしん」をご覧のように、ほぼ平常の生活をしている。丸山ワクチンを知らない癌患者へメッセージをしたいが、もう少し様子を見よう。丸山ワクチンは一日置きお接種が原則だが病院が土日休みのため月・水・金の週三回としている。それでも忘れて行かなかったりするが効能は出ているから凄い。

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▲接種が済んで帰ろうとすると救急外来室前にT氏の奥様が……。

不要な設定はしない

知り合いのKさんがPCの調整をして欲しいと昨日見えた。1年ほど前に買ったノートPCは完全プライベート用で仕事には使っていないそうだ。そのPCを高校生のお孫さんが使ったらフリーズ状態で練習中のワードなどが開かないという。昨夜は8時頃まであれこれ試したが顔認識を設定してあるので結局復元は無理だった。荒井先生にも応援を頼み、初期設定に戻し使いにくいウインドウズ8を無償のウインドウズ10に切り替える作業にした。セキュリティーを強く必要としない個人のPCはシンプルな入力設定にしておいたほうが良いと思う。

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▲この後もMicrosoft Officeのプロダクトキーが不明で手こずっている。

10週年だが

料理教室「厨房の男たち」は今年は10年を迎えた。大事な節目でもあるので小さくても記念会をしたいと思っていた。私の希望はこれまでにお世話になった数名の先生方にも来ていただく懇親会にしたかったが現会員の殆どが入会2~4年目で、私の想いとの温度差があるようで懇親記念会には消極的だ。これは無理に開催してもうまく行かないだろうと思い、料理教室の現場でお祝いの菓子などを作ってパーティーにしようかと思う。

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▲それにしてもこの数ヶ月登録会員が少なく新会員の掘り起こしが必要になってきた。

平野夫妻訪問

自宅療養中の富澤氏を富弘美術館で開催されている今の企画展に連れてゆきたいと思っている。聖生館長も要望しており今月中を考えている。その事は囲む会支部の役員さんにも伝えてあり宇都宮の平野さんにも伝えておいた。しばらく面会していない平野ご夫妻は今朝になって富澤氏に会いに来るというので待機し、案内した。もちろん富澤氏はとても喜び、いつもより元気な声も聞かれた。この弾みで美術館へ行けると良いのだが。

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▲美術館への話も湧いたが20年前、立て続けに登った山の話に富澤氏も声のハリが出た。

やっと飛べた

4時頃目が覚めたが、いきなりプレバブ小屋の屋根を叩くような大雨が降った。せっかく泊まってトライしたいと思っているのに心が折れる。昨日も飛べずに他のスクール生にボヤいたら「私もB級の時は進まず辛かったですよ」と言っていた。6時前に雨が止み僅かに太陽が出てきた。8時に事務員、8時半にはインストラクターも出勤してきた。なんとか飛べそうですと言いながら営業の9時前には私をトラックとクライマーに載せ高高度フライトのエリアに連れて行った。

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▲2本の高高度フライト練習、私の機体初フライト。

今日も飛べずに

パラグライダーを始めて2ヶ月余り、どこのフライトエリアへ行っても飛べるようになる『パイロット』には最低2年以上はかかるようだ。A級技能、B級技能、ノービスパイロット、パイロットと4段階をクリアする必要がある。B級の私が飛べる天候は少なく、B級で機体を買ったがスクールに5回行くも飛べず、いささか腐っていた。宇都宮のスクールまで1時間40分以上かかるのでそれだけでも時間がもったいない。天気予報を見てスクールのプレバブ小屋に泊まって受けることにした。

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▲この日も11時に来たものの天候が安定せず飛べなかった。明日こそはと一人寝する。

パプリカとパブリカ

ふと、こんな事を思った。私はこの数年料理をするようになり当然食材も買う、今は夏野菜が安いので野菜サラダをたくさん食べるが彩りにも最適なパプリカはよく使う。私が厨房に立つ前の我が家では出てこない食材だった。パプリカの日本での普及もそんなに昔ではないはずだと思う、と言うのは50年以上前にトヨタから国民車として登場する車名を公募した時に「パブリカ」(public / carの合成語)が採用された。その頃野菜のピーマンもなかったが似たパプリカは聞いたこともなかった。今のように普及していたら野菜に近い名前のパブリカを車名に採用しなかったのではないか。

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▲空冷2気筒のパプリカは既にクラシックカーで、車名は引き継いでいない。

’16ラベンダー刈り採り

富弘美術館を囲む会群馬県支部の年間行事のひとつで、みどり市小中地区にラベンダーを栽培し、その花粒を干し美術館に寄付する。冬の閑散期に来館してくれた方にプレゼントする匂い袋のタネである。今日の作業は刈り取り、干し作業、半月後に籾落として完成だが、今日作業に出てくれた役員さんは私を含め5人、依る年波で年々少なくなる。

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▲みどり市小中の青地にあり、地元の中島さんが管理してくれる。8時から作業を始めた4人。